A.ランゲ&ゾーネ「時計は感動が命」 “ウオッチオタク”が語る開発の流儀
なぜ売れる?高級時計&ジュエリー 人気ブランドに聞く(2)
有名時計ブランドの幹部にはたいてい1人や2人、「時計づくりが趣味」と公言するほどの「時計オタク」がいるのだという。A.ランゲ&ゾーネの商品開発ディレクター、アントニー・デ・ハスさんもその1人だ。同社の高級時計は知的で洗練されたデザインが世界のエグゼクティブの支持を集める。加えて、内部に潜む複雑な機構、工芸品のように磨き上げられた美しい仕上げ、音で時間を知らせるミニッツリピーターのような特殊機能など、作り込まれたハードの魅力が好事家を虜(とりこ)にする。そんな複雑系時計の開発を主導するデ・ハスさんが、もの作りに対する並々ならぬ情熱と哲学、そして自らの仕事の魅力について語ってくれた。 ――数あるランゲファミリー(A.ランゲ&ゾーネのコレクション)の中でも2019年に発売した「オデュッセウス」シリーズは、エレガントなスポーツウオッチとして今も世界中で人気を集めています。この機種に、さらに複雑な機構を搭載した「オデュッセウス クロノグラフ」は、緻密な時計製作技術の粋ともいえますね。 「オデュッセウス クロノグラフは我が社初の自動巻きクロノグラフです。オデュッセウスの特徴であるダイヤルデザインを生かすために、中央にクロノグラフの針を配置できる形のムーブメントを新開発しました。さらにこだわったのは、ムーブメントの薄型化です。厚さは最大でも14.2mmに抑えたかった。スポーツウオッチには自動巻きが欠かせません。その上でいかに薄くできるか、まさに戦いでしたね」 「私たちは通常のクロノグラフとは全く違う仕組みを考えました。通常は文字盤の左右にあるミニッツカウンター針を中央に置き、クロノグラフを動かすプッシャー(ボタン)は2時、4時の2カ所に配置したのです。さらにリューズはねじ込み式にして、引き出す位置によってプッシュボタンに2つの用途が加わるようにしました」
■「時計の開発、ゴールは設けない」
――操作性を向上させながら、見た目をすっきりさせることにこだわったと。時計は複雑になればなるほど部品が増えたり分厚くなったりするものですが、機能美を追求したのですね。これは1つの到達点でしょうか。 「我々は開発に臨む際、ゴールを設けるようなことはしません。機能の開発に到達点はないのです。たとえば2015年に発表したツァイトヴェルク ミニッツリピーターという話題の時計があります。ツァイトヴェルクはもともとランゲファミリーのコレクションの1つで、時と分を、瞬時に切り替わる『数字』で表示するユニークな機械式時計です。これでもすでに複雑な機構を持つ優れた製品なのですが、私たちはさらに個性を際立たせる機能を付加できないか、と考えました。その結果、行き着いたのが、音で時間を知らせるミニッツリピーターの機能でした」 「ツァイトヴェルクに付加したミニッツリピーターは一般的なそれと異なり、10分単位で音が鳴るのが特徴です。7時52分であれば、まず最初の7時を低音で7回鳴らし、10分単位で低音と高音の2度打ちが5回、最後に高音が2回鳴ります。こうして瞬転数字表示とミニッツリピーターの双方を搭載し、瞬時に現れた数字を美しいチャイムで知らせるという、ブランドの歴史に新たなステップを刻む優れた製品を生み出すことができました」 ――ある機構を開発したら、さらに高みを目指すのですね。 「皆さんに期待を持たせるのではなく、その期待をはるかに超える、驚くような機構を開発したい。それが我々開発チームのチャレンジする姿勢です。その挑戦は私にとっては『fun』、つまり楽しみなんですね。コレクターの人たちはエモーショナルな気持ちで時計を購入しています。その気持ちに応えるために予想外のものを発表しようと考え抜き、工夫することはとても楽しいものです」 ――デ・ハスさんのお話を聞くと、いつも時計製作を楽しまれている様子がうかがえます。今日の靴下も時計柄ですね。趣味は時計製作と言い切るデ・ハスさんならではです。 「この靴下はイタリアの時計コレクターの方からギフトでいただきました。別の時計モチーフの靴下もあるんですよ(笑)。私はオランダ人で、働いているランゲはドイツブランドです。ドイツ人は非常に真面目で規律正しい。ただ、時計作りのような技術的な仕事場においては、物事を深刻に考えることも大切ですが、時々オープンマインドになって、世間に目を向けることも必要だと思っています。世間のものを『勉強』するのではなく、『楽しむ』のです。そうすると世界が広がっていきます」 「はっきり言いましょう。現代に時計は必要ですか? 必要ではないですよね。スマートフォンを見れば時間が正確にわかります。現代に必要ではないものを我々は作っているわけなのです。では、そこには何が必要なのか。楽しみです。お客様は時計を見て楽しむのです」