北朝鮮「ゴミ風船」vs. 韓国「拡声器放送」 憂慮される偶発的な軍事衝突 澤田克己
北朝鮮が韓国にゴミ風船を飛ばし、韓国が最前線地帯で大型スピーカー(拡声器)による宣伝放送を再開する――。日本の感覚ではピンとこないかもしれないが、韓国では偶発的な軍事衝突にエスカレートする可能性が強く意識され始めた。なぜ、そこまで深刻な話になるのか改めて考えてみたい。 ■宣伝ビラ作戦には長い歴史 発端は、韓国の脱北者団体が5月に金正恩(キム・ジョンウン)体制を批判するビラを大型風船にくくり付けて北朝鮮へ向けて飛ばしたことだ。K-POPやトロット(韓国の演歌)を収めたUSBメモリーも一緒に入れられた。憲法裁判所が昨年、文在寅(ムン・ジェイン)政権時に制定されたビラ散布禁止法を違憲としたことを受けた動きだった。 朝鮮半島での宣伝ビラの歴史は長い。朝鮮戦争(1950~53年)では国連軍と北朝鮮軍が計28億枚をまいたとされる。休戦後は、南北が自らの優位性を相手方の一般住民に訴える道具として使われた。ただ韓国からのビラ散布は近年、民間の脱北者団体によるものだ。なるべく多くの人に拾ってもらおうと、歌やドラマの入ったUSBメモリーや1ドル札を同封するのが一般的となっている。 北朝鮮は特に、金正恩氏をののしるような文言に神経をとがらせている。朴槿恵(パク・クネ)政権だった2014年には、脱北者団体が飛ばした大型風船に北朝鮮軍が銃撃を加え、韓国軍が応射する事件が起きた。不測の事態に発展するのを恐れ、自制してほしいという朴政権の要請を無視しての散布だった。 18年には、文在寅(ムン・ジェイン)大統領と金正恩氏が首脳会談でビラ散布の中止に合意した。だが米朝、南北対話が頓挫した後の20年に脱北者団体がビラ散布を強行し、北朝鮮が猛反発することになった。北朝鮮は金正恩氏の妹である金与正(キム・ヨジョン)党副部長の談話で文政権に適切な対応を取るよう要求するとともに、板門店に近い北朝鮮側にあった南北共同連絡事務所を爆破した。こうした経緯を経て、前述のビラ散布禁止法の制定となったのである。