北朝鮮「ゴミ風船」vs. 韓国「拡声器放送」 憂慮される偶発的な軍事衝突 澤田克己
■朴正熙政権で始まった拡声器放送 北朝鮮は今回、紙くずなどのゴミをくくり付けた大型風船を韓国に向けて飛ばした。砲撃などに比べればおとなしい「嫌がらせ」レベルではあるが、落下してきた風船の衝撃で車のフロントガラスが割れる被害も出ている。今のところ現実味は薄いものの、生物・化学兵器だって同じ手口で散布できる。韓国側の強い反発は当然だろう。なお韓国軍の発表は「汚物風船」だが、ふん尿が入っていたわけではないようだ。日韓で同じ漢字語が使われても、ニュアンスが違う好例といえる。 韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は、ゴミ風船の散布をやめないなら「北朝鮮にとって耐えがたい措置に着手する」と警告した。これが、18年の南北首脳会談を受けて中止された最前線地帯での拡声機放送の再開だった。 拡声器放送が始まったのは朴正熙(パク・チョンヒ)政権だった60年代で、10キロ先でもよく聞こえる大音量で実施された。最前線にいる数十万人の北朝鮮軍兵士に内外の情勢を伝え、体制を動揺させようとする心理戦だ。体制宣伝だけでなく、内外のニュースや歌、天気予報などが放送された。南北関係の緊張と緩和に合わせて中断と再開が繰り返されてきた。 北朝鮮では00年代以降、中国を通じて韓国の歌やドラマが流入するようになり、多くの人がひそかに楽しんでいる。そうした素地があるだけに、宣伝放送への北朝鮮側の警戒感は高まっているとされる。 韓国の李明博(イ・ミョンバク)政権が2010年に哨戒艦沈没事件への対抗措置として対北宣伝放送を再開すると発表した際には、北朝鮮が「再開すれば拡声器を狙って攻撃する」と猛反発した。このため韓国は拡声機放送を見合わせ、FMの宣伝放送再開にとどめた。15年に朴槿恵政権が拡声機放送を再開させると、北朝鮮は韓国側に砲撃を加える一方、南北対話を通じて中止を強く要求した。この時は結局、半月後に中止が合意されたものの、16年に北朝鮮が核実験を強行したことで再開された。