北朝鮮「ゴミ風船」vs. 韓国「拡声器放送」 憂慮される偶発的な軍事衝突 澤田克己
■エスカレートすることなく事態収拾できるか 今回も尹政権は「ゴミ風船の散布を続けるなら拡声機放送を再開する」という警告にとどめていた。そして北朝鮮は国防次官の談話で、風船散布の「暫定中止」を宣言した。「韓国の連中に、散布された紙くずを拾い集めることがどんなに気持ちが悪く、多くの手間がかかるかを十分に体験させた」から中止するという理屈だ。談話は、韓国側からのビラ散布が再びあれば「100倍の紙くずとゴミを再び集中散布する」と宣言した。 ただ前述の通り、韓国側からのビラ散布は民間団体によるものだ。保守派で厳しい対北政策を取った朴槿恵政権も自制を求めたものの無視され、進歩派の文政権が制定したビラ散布禁止法は憲法裁で違憲とされた。北朝鮮との対決姿勢を見せる現政権としては「表現の自由だ」と静観することとなり、脱北者団体はその後も対北ビラを散布した。 それを受けて北朝鮮が再び、ゴミ風船を飛ばし、尹政権は拡声器放送を再開した。金与正氏は、拡声器放送再開を受けて「韓国がビラ散布と拡声器放送の挑発を並行するなら疑いようもなくわれわれの新たな対応を目撃することになる」と警告した。「これ以上の対決危機を招く危険な行為を直ちに中止し、自粛すべきだ」とも述べて、エスカレートさせたくないという姿勢をにじませてはいるが、事態がこのまま収まるかは見通せない。 拡声機放送の再開を受けて6月10日の韓国紙は一斉に社説を掲載した。各紙とも北朝鮮のゴミ風船を「無責任で幼稚な挑発」(ハンギョレ新聞)などと非難しつつ、偶発的な軍事衝突に発展することを憂慮している。 保守系の朝鮮日報は「拡声器放送(の再開)に北朝鮮は黙っていないだろう」と警戒感を示した。一方で進歩系のハンギョレ新聞は事態のエスカレートを危惧しつつ、脱北者団体によるビラ散布を政府が止める努力をすべきだと主張した。ビラ散布禁止法を違憲とした憲法裁の決定は「刑事処罰までするのは表現の自由に対する過度な制限だ」というものであり、ビラ散布の禁止という「立法目的は正当だ」と判断していたからだ。この点を巡っては、韓国内で激しい意見対立を呼ぶ可能性がありそうだ。
澤田克己(さわだ・かつみ) 毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。