「頭にネジが突き刺さった男性」が歩いて入ってきて…救急部で働く看護師が衝撃を受けた"日常とのギャップ"
■頭皮がベリッと剥けたかと思いきや… 救急隊の情報では、意識はあるが動けないとのことだ。千里は(どこが悪いんだろう?)とドキドキした。命に関わるような重い病気や怪我は勘弁してほしい。私もイヤだけど、患者さんだってイヤなはず。 患者をストレッチャーに乗せて、救急隊員が処置室に入ってきた。患者は目をつぶって動かない。ストレッチャーは処置ベッドに横付けされた。 「よし、処置ベッドに移そう」 医師の合図で千里たちは患者の体の下に手を入れた。千里は患者の頭を担当した。 「いち、にの、せーの!」 患者の体をふわっと浮かせると、千里の手の中で頭皮がベリッと剥けた。 「ひっ」 頭部外傷だったのか! 千里は思わず自分の手を見た。血は付いていない。床を見ると、髪の毛の束。よく見ると、髪の毛に固定用のピンが付いていた。 (か、かつら⁉ びっくりさせないでよ!) 千里は心からの叫び声をあげた。結局ただの酔っ払いだった。 ■手首を切った若い女性は… 患者は夕方から宵の口に来ることが多い。でも、深夜に千里たちが仮眠をとっているときにも電話は鳴った。 「千里さん、千里さん、起きて。患者さんが来る」 「……はあい。どういう人ですか?」 「若い女性なんだけど、手首を切ったらしいの」 それって自殺ということだろうか。 救急車が到着してみると、30代くらいのきれいな女性と、少し年齢が上のご主人が現れた。外科医がさっそく傷を洗浄して、手首の様子を診察した。刃物による傷は6本あったが、いずれも浅く手術になるようなものではない。 消毒して傷を外科用テープで寄せて、女性の手首にはガーゼが巻かれた。点滴から抗生剤を持続注射して、患者は朝まで患者用ベッドで休むことになった。 処置が終わったので、千里たちも患者用ベッドで仮眠の続きをとることにした。目をつぶっていると、少し離れたベッドから男性の声が聞こえてくる。 「ごめんね。シズちゃん。ほんとにごめんね」 「……う、う、う、」 「ごめんよ、本当にごめん。必ず埋め合わせはするから」 「……う、う、う、誕生日、一緒に祝ってくれるって言ったのに」 「ごめんよ~」 (不倫かい!) 千里は憤慨した。 (もー、勘弁して、こんな夜中に! 私、寝る!) ---------- 松永 正訓(まつなが・ただし) 医師 1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。13年、『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』(小学館)で第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。19年、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)で第8回日本医学ジャーナリスト協会賞・大賞を受賞。著書に『小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)、『呼吸器の子』(現代書館)、『いのちは輝く わが子の障害を受け入れるとき』(中央公論新社)、『どんじり医』(CCCメディアハウス)などがある。 ----------
医師 松永 正訓