昭和の匂いを漂わせた私小説の求道者に脚光……藤枝静男、あの若手作家も愛読者
「藤枝静男は自分を見つめるということを様々な方法で実験した作家だったのではないか」
『藤枝静男評伝―私小説作家の日常―』(鳥影社)の著者で私小説研究者の名和哲夫さん(61)はそう話す。
同書では挫折の連続だった学生時代、病気がちだった妻のことなどを丁寧にたどった。作家がどのような日常生活を送っていたのか、私小説というジャンルについてどのような考えで向き合っていたのか、残された雑記帳などから解き明かしていく。
没後30年以上たった今でも、藤枝の文章はなぜ人をひきつけ続けるのか。「藤枝は私小説を書きながら私小説と自分を探求していた求道者だった。現代の読者は藤枝の小説を通して自身を見つめ直すことができるんじゃないか」
細部を見る力 魅力…作家・豊永浩平さん
沖縄出身で小説『月(ちち)ぬ走(は)いや、馬(うんま)ぬ走(は)い』で今年の群像新人文学賞と野間文芸新人賞を受賞した作家の豊永浩平さん(21)=写真=も、藤枝静男を愛読する。生きた時代は違っても、小説の持つ自由度の高さを感じたという。
藤枝の小説に触れたきっかけは、数年前にSNSで他の人から代表作『田紳有楽』を教えてもらったことだった。同作は池に放り込まれた陶器がしゃべり出す物語だ。「私小説作家というふれこみからは逸脱して、今までに読んだことのない、気持ちのいい文章だった」
短編「一(いっ)家(か)団(だん)欒(らん)」もお気に入りの作品だ。同作は死んだ主人公が先祖代々の墓へ入っていき、終盤は祝祭的な雰囲気に包まれる。「俗っぽい人間や無機物にさえ、大団円と救済がある。読んでいて楽しいです」
文芸誌「群像」9月号には、『田紳有楽・空気頭』(講談社文芸文庫)を読んだエッセーを寄せた。「細部を見る力があった作家なのだと思います。これからも藤枝さんの文章を読んで、小説というものに向き合っていきたい」