平成事件史:戦後最大の総会屋事件(4) 突然の「自白会見」と内部告発した元社員の逮捕
「事件を3つも並行してやっていて大丈夫か、もっと絞ったほうがいいんじゃないか」 熊﨑の前任の特捜部長は同じ明治大学出身の上田廣一(21期)だった。「税法の上田」と呼ばれていた上田は3つの事件を併行して捜査していた。 大手漢方薬メーカー「ツムラ」の前社長をめぐる70億円の特別背任事件、住友商事の銅取引巨額損失事件、「政官界のタニマチ」と呼ばれた石油ブローカー、泉井純一代表による「泉井石油商会事件」だった。泉井から政治家らへの接待や献金は20億円に上ると言われた。いずれも摘発価値のある経済事件だが、投入できる検事の数も限られている。熊﨑は「欲張りすぎて、どれも中途半端な捜査にならないか」と危惧したのであった。 そこで特捜部は、3つのうち内尾武博(30期)が主任検事を務める「泉井石油商会事件」に絞り込んで、年明けに着手した。関西国際空港社長で元運輸事務次官の服部経治を、清掃業務事業に絡み泉井純一からワイロを受け取った収賄容疑で逮捕した。 泉井は脱税と贈賄で懲役2年の実刑判決を受けた。保釈されたあと、記者会見で国会議員「山崎拓との関係」を暴露したが、特捜部は証拠が弱いとして、すでに立件は断念していた。「事件はテイクオフよりもランディングが難しい」と話していた熊﨑は、関西空港汚職の摘発で泉井事件を着地させ、次を見据えてこう言った。 「次の勝負はとにかく野村証券、総会屋への利益供与をやる」 それまで「総会屋」など裏社会が絡む利益供与事件は、たとえば警視庁が「キリンビール」や「高島屋」「イトーヨーカ堂」を摘発したように、警察が得意とする分野だった。ただ今回は、「SEC」が端緒をつかむなど、検察にとってやるべき価値があった。 熊﨑は「証券業界は自民党の大スポンサーのうちの一つ。株取引で政治家の選挙資金も稼いでくれる。しかも業界トップと政界は深い関係がある」と位置付け、それまで「泉井石油商会事件」の捜査を担当していた渡辺恵一(30期)にこう指示した。
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