<春に挑む・’22センバツ大分舞鶴>軌跡編/上 芽生えた意識 「諦めない」チーム一体 /大分
「何も言わなくても自分たちで考え動くようになり、チームは少しずつ変わりました」。センバツ出場が決まり、甲斐京司朗主将(2年)にチーム状況を尋ねると、何だかうれしそうだった。 昨年8月のチーム発足時は3年生が抜けたばかりで、メンバーも自らチームを変える意識が少なかった。練習メニューは河室聖司監督と甲斐主将が毎日相談して考えるが、主将の不在時は指示待ちをして動けない時があった。 チーム練習は、授業の予習や復習時間を確保するため、平日2時間、週末も4時間だ。限られた時間に打撃や守備、トレーニングなどの練習をするため、34人の選手は3班に分かれる。全てに主将が立ち会える訳ではないので、他のメンバーが声を出してまとめ役を務める。Tバッティングやノックなど、15分刻みで入れ替えて効果的に練習できるようになった。 選手が考えて行動するようになったのは、延べ8校で野球部を指導する河室監督の野球観もある。高校野球は、一つのエラーやミスで試合の流れが大きく変わることが多い。河室監督が選手たちに言い聞かせるのは、試合に対する心構えだ。河室監督は九回のうち、五回までを1試合目、それ以降を2試合目ととらえて最後まで気を抜かずに戦うように選手たちに伝える。「序盤に点差が開いて苦しい試合になっても諦めさせないのが狙い。負けていてもチャンスは巡ってくる」 成果が現れたのは昨年10月の九州地区大会県予選準々決勝だ。相手に2点差をつけられ九回2死まで追い詰められていたが、阿部泰己選手(1年)の四球をきっかけに試合の流れを変えた。 「相手投手は勝ちを意識して投げ急いでいて、あそこで四球が取れたから、次の打者が打ちやすくなった」と河室監督は語る。続く青柳琥太郎選手(2年)は、ファーストストライクを振り抜き、中前適時二塁打を放つなど、この回に3点を挙げ、逆転した。 都甲陽希選手(同)は「仲間を信じて最後まで戦えば大きな力を出せる」。若杉琉慧投手(同)は「諦めなければ、試合をひっくり返せると自信がついた」と話した。 勢いづいたチームは決勝まで勝ち上がり、強豪校の明豊と対戦した。二回に8点を奪われる苦しい試合展開だったが、甲斐主将の「最後まで分からない。1点ずつ返そう」の呼びかけにチームは奮起。最終的に1点差で敗れたものの、八回裏に一挙5点を挙げる底力を発揮した。「チーム発足時は不安もあったが、心も体もたくましくなってきた。もしかしたら大化けするかもしれない」。河室監督は敗れて悔しがるナインの姿に可能性を感じていた。【辻本知大】 ◇ 兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で18日に開幕する第94回選抜高校野球大会(毎日新聞社など主催)に大分舞鶴は21世紀枠で初めて出場する。成功や失敗を重ねながら成長するチームの軌跡を紹介する。