「北橋日記」前北九州市長の戦い ~工藤会VS市民 2760日の記録~ 【後編】福岡県警「工藤会頂上作戦」
福岡県警がついに頂上作戦敢行
市民や北橋さんが耐えて耐えて耐え続けた日々は突如として、終焉を迎えた。北橋さんが北九州の市長に就任してから2760日目の朝だった。 ◆福岡県警・樋口本部長(当時)記者会見(2014年9月11日)「福岡県警察は全国で唯一、特定危険指定暴力団に指定されている五代目工藤会のトップを殺人などの容疑で通常逮捕いたしました。本件逮捕を契機として工藤会対策は、新たな局面に入りましたが、これは数々の凶悪事件の全容解明への一つのステップであります」 2014年9月11日、いわゆる「頂上作戦」が始まったのだ。福岡県警は工藤会のトップの野村悟被告(逮捕当時67)とナンバー2の田上不美夫被告(逮捕当時58)を逮捕した。 「本日、暴力団の幹部が逮捕されました。これまで本市では凶悪な事件が断続的に発生し、その多くは未解決でありました。県警本部長が記者会見で述べられたように新たな局面に入ったと、そして全容解明へのステップアップであると。安全安心の街のイメージを取り戻すために捜査当局に対して徹底した捜査と全容解明を急いでいただくことを期待しております」と北橋さんは、当時のインタビューに答えている。 ■北橋日記(2014年9月11日)「今回の逮捕は、安全安心を願う市民を勇気づけるものと考える。今後とも安全安心な街づくりをすすめるため行政、事業者、市民、警察が一体となって暴力追放に全力を尽くす決意である」 捜査関係者によると2000年から野村被告らの逮捕までの約15年間で、工藤会の犯行とみられる発砲などの襲撃事件は113件発生。しかし、野村被告らの逮捕後、こうした襲撃事件は止んだ。
ようやく訪れた平穏な日々
元福岡県警の尾上さんは「9.11以降ピタッと止んだという言い方でいいんじゃないかなと思いますね。頂上作戦以降には、天皇陛下による行啓が行われたり、そういったことも恐らく頂上作戦が成功していなければ、そういったことも行うことはできなかったのかなと私は考えています」と当時を振り返った。 また北橋さんも「今月も事件はなかった。次の月もなかった。今年はなかったというふうに続いていくんですね。でもまた事件が発生するかもしれない。そういう不安は正直、残っていました。それが半年、1年、1年半、2年、10年。よくぞここまで来たと思います。司法当局、警察の不退転の決意とご尽力には市民の1人として感謝」と感慨深げに語った。 北九州の街は明るくなっていく。 ■北橋日記(2016年9月12日)「雑誌の8月号。50歳になって住みたい都市日本一のランキングは北九州市という記事。これらの報道が最近あちこちで本市の明るい話題になっている。仕事に励みが出て嬉しい限り」 2019年、工藤会本部は解体され福祉施設へと変貌した。 2020年1月の北九州商議所賀詞交歓会で北橋さんは「もう、やばい街だとは誰にも言わせません、これから前途は大きく開けてくる北九州であります」と乾杯の音頭をとった。 街が上向いていく中、4期目をラストミッションと位置づけていた北橋さんは5期目となる選挙には出馬しなかった。そして16年間、通い続けた北九州市役所への最後の登庁日。職員への感謝を述べたあと記者会見に臨んだ。 ■北橋健治市長・退任記者会見(2023年2月17日)「振り返りますと、いつも大きな問題に直面していたような感じがいたします。やっぱり脅迫状が来た時には愕然としましたね。今だから振り返れるんだけど、やっぱり何が起こるか分かりませんし、当時は不安との戦いでした。でも、やっぱり厳しい局面に身を置いたからこそ、みんなと協力し合って一つの目標に向かっていくことの大切さというか、決して挫けない、頑張らなきゃいけないという気持ちにさせてくれたのです。この問題を解決した時に、我々市民が共有できる世界の大きさというものも、みんな大なり小なり気づいていたと思いますし、だからこそ不安の中で、同じような境遇にいるからこそ、励まし合おうということになったということであります。あの時、一緒に苦楽を共にしていただいた方々に本当に心から感謝申し上げたいと思います」 2023年2月。4期16年務めた市長の職、鳴りやまない拍手の中、市役所を後にした。 北橋さんの最後の公務は、北九州マラソンだった。2014年に実現した初開催以来、北九州市内外から1万人以上が参加する一大イベントとなっている。 北橋さんが去ったあとの市役所には、変化が現れている。頂上作戦から2年後の2016年に北九州市が作成した企業誘致のための資料には、刑法犯認知件数の減少を示すデータなどが掲載されていた。しかし2024年の資料を覗いてみると、工藤会という組織名や街の安全をわざわざPRする記述は消えている。北九州市企業立地支援課の石橋課長は「現在、誘致している中では、そういうことを気にされる企業がなくなってきているというのが実感としてあります」と笑顔で話す。 頂上作戦から10年の節目を迎えた2024年の夏の北九州市。北橋さんとともに市の都心部を歩いた。「あぁすごいな!新しい時代の幕開けを感じますね」と北橋さんが見上げたのは2024年7月に竣工した総事業費60億円、地上13階建てのビル。市内では20年ぶりだという本格的なオフィスビルだ。2023年、北九州市への企業進出は過去最高の91件、合わせて2580億円の投資額となった。頂上作戦が行われた2014年以降、北九州市への企業誘致は増加傾向が続いている。 「治安が良くなれば必ず投資は間違いなく増えていく街だと確信しています。この問題の解決はね、1つの組織が解体することでは終わらないですね。組員の人たちも離脱した人たちも市民なんですね。早く投資を呼び込んで、豊かになってね、組員の人たちも離脱をして新しい生活がしっかりできるようにそんな社会にしていかないといけない」 北橋さんが綴った2760日の記録は凶悪な暴力集団を前に一丸として戦った市民、そして北九州の街の記録でもある。 「10年後、20年後にこうなっていることを予測していた人はどれだけいたでしょうか。自分たちが怖い思いを乗り越えた暴追の成果として、今日の状況まで確信を持って見通せた人は、どれだけいたでしょうか。それを思うと長い道のりだったけど、あそこで挫けずに本当によかったな。北九州の地域全体がまた大きな浮揚のチャンスを掴んだと思います」 (テレビ西日本)
テレビ西日本
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