「北橋日記」前北九州市長の戦い ~工藤会VS市民 2760日の記録~ 【後編】福岡県警「工藤会頂上作戦」
せめぎ合う「覚悟」と「無力感」
2012年8月、暴力団員の入店を禁じる「暴排標章」制度がスタートした。工藤会はこれに強く反発。北九州地区で標章を掲げた飲食店関係者を襲う事件を相次いで起こした。 この襲撃事件は、暴排・暴追の機運を高めてきた市民の心は折るものだった。標章は隠され始める。飲食店経営者は「泣いているのは、街で働いている私たち経営者や女の子。けがをするのも現実」と嘆いた。 女性をも標的にする工藤会の凶行に北橋さんは、当時のインタビューで複雑な心境を語っている。「今後の暴追運動を着実に進めるためにも市民の”いらだつ”気持ちを正面から受け止めて、警察当局には全力で犯人を検挙してほしいと思います。(市長が先頭に?)市民の中に入ってですか?うーん、いわゆる暴力追放という意味では大変重要な局面に来ているとは思いますが、暴力団排除と言い切れる段階にはありませんのでね、うん」。 一度決めた覚悟と、底知れぬ無力感とが、北橋さんの心の中でせめぎあっていたのだ。 ■北橋日記(2012年9月8日)「都心部で連続切りつけ犯罪の蛮行。自治体として何ができるか」 ■北橋日記(2012年9月26日)「不安に感じている市民の方も大勢いらっしゃると思う。この小倉都心部の明るい灯を消すわけにはいかない」
全国唯一 特定危険指定暴力団に
2012年12月。福岡県の暴力団情勢を重く見た国は、暴力団対策法を改正。これに基づき福岡・山口両県公安委員会は、工藤会を指定暴力団の中でも「特に凶悪と見なされる組織」として、全国で唯一の特定危険指定暴力団に指定した。 これに対し、当時、工藤会の中枢にいた木村博受刑者は「組織として関与したことは一件もありません。関わった人間は1人もいません。ほとんどの店が標章を貼っている店。何かトラブルがあれば全て暴力団の犯行。工藤会が危険だと市民に思わせる方法。うちは一連の事件に関与していません」と無実をアピールした。 ■北橋日記(2012年12月20日)「改正暴力団対策法の成立は、県知事、県公安委員会委員長、福岡市長と一緒に国に要請してきた事項のひとつである。県警察にはこれを契機に、従前から要望している未解決事件の全容解明、市民の安全確保のための保護対策の徹底、取締強化をお願いしたい」 最も凶悪な組織として指定されても工藤会の暴力に歯止めはかからなかった。 2013年1月。野村被告が手術を受けた美容整形クリニックの担当者の女性を刃物で襲い重傷を負わせる事件が発生。 また2013年12月には北九州市若松区の路上で、北九州市漁協組合長の上野忠義さんが、何者かに拳銃で撃たれ死亡する事件が発生した。現在もこの事件は未解決だ。さらに―。 ■北橋日記(2014年5月26日)「通勤通学時間帯の小倉北区で男性の歯科医が刺され大けがという卑劣な蛮行が発生し、都市の大きなイメージダウンとなった。安全な街づくりの道のりは遠いが、こうした事件に屈することなく、市民一丸となって暴追運動を継続しなければならない」 工藤会への頂上作戦のキーマンだった元福岡県警の尾上芳信さんは、当時、工藤会対策課とも呼ばれる北九州地区暴力団犯罪捜査課の課長だった。「とにかく当時、工藤会はやりたい放題というか、もちろん警察も大きな事件で容疑者を捕まえきれてないし、幹部連中も捕まえてないという状況だったから…。当時の捜査員の中にもね、やはり家族を守らなければならないんで、一時期、『北暴課』を出してもらいたいという捜査員もおりました」と尾上さんは当時を振り返る。 また、尾上さんは当時の北橋さんについて「危険はあったと思います。怖いという思いは絶対にあるだろうけれども、それを市民の前にあからさまに出すことはなかった」と記憶している。北橋さんからは「1日も早く、今の北九州の現状を変えてもらいたい。何とか工藤会対策を進めてもらって、平和な北九州にしてもらいたい」と会うたびに懇願されていた。 この頃、福岡県警の威信をかけ工藤会トップの逮捕を目指す頂上作戦が、秘密裏に動き出していた。 2014年7月、北橋さんの心のよりどころだった愛犬ハチが世を去った。 ■北橋日記(2014年7月14日)「深夜、小倉のアパートに帰る。妻、涙ながらに、ハチ死す、と告げる。我が家を守ってくれた愛しい番犬。散歩に連れて行ってやれず、申し訳なかった。毎日のように散歩に連れていただいたご近所の主婦に感謝したい」 大切な家族と過ごす時間を制限されただけでなく、市長として市の発展に尽くしたいのにそれができない日々。 ■北橋日記(2014年8月18日)「北九州市民暴力追放総決起大会。地道な暴追運動の継続が大きな力となり、暴力団の排除に繋がる」
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