【書評】自然、人間、そして昆虫:養老孟司×奥本大三郎著『ファーブルと日本人』
スマホを切り昆虫採集に行こう
日本では1960年代、子供たちを中心に昆虫採集ブームが起きた。夏休みの自由研究は昆虫の標本作りが定番だった。当時は昭和の高度経済成長時代で公害問題も深刻だったが、それでも虫はかなりいた。 翻って令和の日本──。農薬や都市開発などで自然破壊が一段と進んだ。養老氏は「現在では目に見えて植物も昆虫も減っている」。奥本氏は「いまの子供はいろいろなものに関してリッチですけれど、虫に関しては貧乏」と“虫貧乏”時代の到来を告げている。 今年7月28日、評者はファーブル昆虫館で奥本氏に29年ぶりに面会した。傘寿(さんじゅ)の同氏から「自然貧乏」というキーワードを聞いた。 養老氏は本書で、ファーブルの生き方を振り返ってこう記している。 スマホで調べて解決ではなく、AIのように、これまでのルールをもとにして疑問を解いたのではなく、対象を直接見つめ、自分で実験をして、昆虫の生態の謎を紐解いた。 養老氏は「外に出て、子供を自然に触れさせるには、週に一回でも月に一回でもいいから、スマホを使わない日を決めたらいい」。奥本氏も国民の休日として「ノースマホデー」を提唱している。たまにはスマホのスイッチを切って、昆虫採集に行くのも悪くない。
大地震や富士山噴火にどう対処
ファーブル、本書の著者に共通しているのは「自然、人間、そして昆虫」を愛していることだろう。日本の昆虫学普及に貢献した志賀夘助(うすけ)氏(1903-2007年)が自著『日本一の昆虫屋 わたしの九十三年』(1996年刊)で書き残した「人間の自然とのかかわりは、昆虫に始まって、昆虫に終わる」はけだし名言だ。 博覧強記の養老、奥本両氏によるエスプリも交えたやりとりのテーマは幅広い。日本人の自然観、西洋の価値観や科学技術信仰への疑問、スマホ・AI時代への提言なども含蓄に富む。 本書の刊行は8月8日の南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)発表の1カ月前。養老氏は本書で東南海、南海トラフの地震に連動して「富士山の噴火が起こり得る」とし、警鐘を鳴らしている。 「他人の決めたルールに従い、周りの目ばかりを気にして生きる日本人は、ずいぶんファーブルから遠くなってしまった。自立して生きることができなくなってしまっているのだ。こんな状況では、南海トラフ巨大地震や首都直下型地震など、想定外の出来事が起こったときに、対処などできないだろう。自然は、こちらの予想通りには動いてくれない。」