10万ドルが退職時には数千万ドルに…それでも「S&P500一択はやめろ」という理由【ウォール街・伝説のブローカーの助言】
資産の100パーセントをS&P500につぎ込むと…
皮肉なことに、フェルナンドがゴルディータにした約束を守り切るつもりかどうかはさておき、資産の100パーセントをS&P500インデックス・ファンドにつぎ込むと即決したことには、大きな問題が潜んでいる。 つまり、それは一九五二年からポートフォリオ管理の黄金律である「現代投資理論(MPT)」と呼ばれるものに真っ向から反している。ノーベル賞を受賞した経済学者ハリー・マーコウィッツが発案したMPTは、マーコウィッツがそれを提唱した途端に投資の世界を席巻した。この理論は次の二つの核となる概念に基づく。 1.条件がすべて同じなら、投資家はいずれのレベルのリターンでも、晒されるリスクが最も低いポートフォリオを選ぶ。 2.ポートフォリオに含まれるいずれの資産に関連するリスクも、それ単独では計算できない。なぜなら、そのようなリスクは、ポートフォリオに含まれる他の資産によって著しい影響を受けるからである。 これら二つのポイントをひとつずつ見ていこう。 1. 投資家はリターンのレベルが同じなら、晒されるリスクが最も低いポートフォリオを選ぶ 次のケースについてしばらく想像してみてほしい。あなたは期待年間収益率が10パーセントの2種類の投資を提案された。それらのうちのひとつは変動性もリスクも高く、もうひとつは安全で安定している。ここで簡単な質問をする。この二つのうち、あなたはどちらを選ぶか? あなたは、何度聞かれても明らかに、安全で安定したほうを選ぶだろう。 その理由はさらに明らかだ。なぜなら、正気であれば、より高いリターンを期待できない場合、より高いリスクと変動性に晒されることを望む者はいないからだ。これらの選択肢が与えられたら、いずれのレベルのリターンに対しても投資家は常にリスクが最小となる投資を選ぶ。 2. ポートフォリオに含まれるいずれの資産に関連するリスクも、それ単独では計算できない なぜなら、そのようなリスクは、ポートフォリオに含まれる他の資産によって著しい影響を受けるからである。このケースを「二都物語」をもじって「二つのポートフォリオ物語」と呼ぼう。 ひとつ目のポートフォリオには、リスクが同等の二つの資産クラスが50対50の比率で含まれていて、その二つの資産クラスは常に同時に同じ方向に動く。二つ目のポートフォリオにも、リスクが同等の二つの資産クラスが50対50の比率で含まれているが、その二つの資産クラスは同時に逆方向に動く傾向にある。 ここで簡単な質問をする。これらのポートフォリオのうち、どちらのほうがリスクが小さいか? あなたは間違いなく、二つ目のポートフォリオと答えるだろう。 その理由はさらに明らかだ。二つ目のポートフォリオの二つの資産クラスは同時に逆方向に動く傾向にあるため、下向きに動く資産クラスから生じる損失は、上向きに動く資産クラスから生じる利益によって、少なくとも部分的に相殺されるからだ。シンプルな話だ。 このような資産クラスをウォール街用語で互いに「逆相関」であると言う。その最も典型的な例が株式と債券である。例えば、株式市場が全体として上昇しているとき、債券市場は全体として下落する「傾向」にある。ここでは「傾向」という言葉が重要だ。言い換えると、二つの資産クラスは完全には逆相関ではない[資産の相関性の様々なレベルを示すために、アナリストは等級を用いる。この等級は+1から-1までで表す。+1の資産同士は常に同時に同じ方向に動き、-1の資産同士は常に同時に逆方向に動く]。 たまに、それらは同時に同じ方向に動くことがある。例えば、二〇二二年に連邦準備制度理事会が、十年以上もゼロ近くに維持してきた金利を大きく上げ始めたときに、それが起こった。引っ張りすぎた輪ゴムのように、いつもは逆相関にあるこれらの資産は激しく弾けて、同時に同じ方向――つまり、下向き――に動き始め、無数の投資家に動揺を与えた。 しかし、この一瞬の出来事は例外であるとはっきり言っておく。五年の期間で見ると、過去百年の間に五年にわたって株式市場と債券市場が同時に下落したことはない。 一般的に言って、投資ポートフォリオのリスクを管理する際に、株式と債券は相性が良い。だから、資産を配分する際に最も用いられる二つの資産クラスが株式と債券である――譲渡性預金やマネー・マーケット・ファンド(MMF)のような現金及び現金同等物は遠く引き離された第3位に位置する――と聞いても驚かないはずだ[ここでの「現金」とはあなたのポケットに入っているような紙幣や硬貨ではなく、銀行口座で保有される現金及び現金同等物のことである]。 また、ポートフォリオをさらに充実させるために用いることができる資産クラスは他にもある。ほんの数例を挙げると、不動産、コモディティ、暗号資産、未公開株式、美術品などである。 しかし何度も言うが、ここでの「主力選手」は株式と債券であり、それらは通常、うまく管理されているポートフォリオのおよそ90パーセントを占め、株式と債券の比率は、投資家ごとのリスクとリターンの嗜好によって決まる。 例えば、ポートフォリオのリスクを減らしたい(その代わりリターンの減少を受け入れる)投資家の場合、リスクとリターンが希望するレベルに達するまで債券に対する株式の割合を減らす。反対に、ポートフォリオの期待リターンを増やしたい(その代わりリスクの増加を受け入れる)投資家の場合、(リスクとリターンが希望するレベルに達するまで)債券に対する株式の割合を増やす。これもまたシンプルな話だ。 実際、ポートフォリオの株式と債券の比率を調整するだけで希望するリスクとリターンのレベルを達成することができるとするMPTは、そのシンプルさと適応力の高さから、投資家にとって非常に魅力的なものとなった。