「トヨタはEV開発で出遅れ」は本当か? マツダとの新会社で見据える戦略
“秘密兵器”でローコスト・高品質・多品種目指す
一度整理しよう。現時点では、EVは多品種小量の製品を展開しなくてはならず、しかも儲からない。しかし一方、長期で見れば、徐々にインフラが整備され、2050年くらいにはEVは主力商品になっていく可能性がある。それにどう対応すべきかということだ。
ここでトヨタが凄いと思うのは、手に入れたばかりの秘密兵器を一気に実戦投入してきたことだ。その秘密兵器とは提携したマツダの「一括企画」と「モデルベース・デベロップメント(MBD)」である。すでに述べたように多品種少量かつローコストが求められ、しかも世界中の自動車メーカーから出てくるEVの中で性能的に競争優位を確保しなくてはならない。かなりの難問だが、マツダはフォード傘下から外れた時、エンジンもシャシーも全部一斉に新規開発しなければならない厳しい局面を迎え、それを乗り越えるために「一括企画」「モデルベース開発(MBD)」「混流生産」という3つの戦略を立案し、見事それを成功させたことで現在の復活がある。 トヨタはその開発手法を求めて、マツダに最恵国待遇を与えてまで提携したのだ。株式の持ち合いを認めた前例などトヨタ史上になかった。まさに三顧の礼だが、流石はトヨタ、難局を迎えているEVにすぐさまその開発手法を導入し、新会社を設立した。 エンジンに比べて小型で振動の少ないモーターは、自動車のパッケージを根本的に変えるだろう。人の座り方にまで影響を与える可能性がある。そういうレベルでの根本的なレイアウトの再検討を行ったEVはまだない。フォルクスワーゲンのe-ゴルフあたりはまだガソリン車のシャシーにモーターを乗せただけで、真の意味でEVとしてデザインされていない。 トヨタ・アライアンスの新しいEVは、専用設計シャシーになる。つまりEVならではの新しいパッケージを作ってくる可能性が高い。特にマツダの一括企画に期待がかかる。 マツダのリリースによれば「軽自動車から乗用車、SUV、小型トラックまでの幅広い車種群をスコープとし」とある。カウントしてみると、国内とインド/ASEAN向けの軽自動車(Aセグメント)、グローバルカーとなるBセグメントとCセグメント、北米向けのDセグメントとEセグメントの5サイズとなり、常識的に考えればBセグからDセグまではセダン/ハッチバックとSUV。EセグはSUVのみという展開になるだろう。小型トラックのみが何を指すのかはっきりしない。恐らくは2019年にリリースを始め、21年ごろまでにこれら9車種を一気に展開するのではないか? トヨタの現在のラインナップでは2018年からすでにクレジットが発生する。のんびりと展開を待っていられる状態ではないのだ。 マツダは第6世代商品群の8車種をゼロベースで5年間で展開した。トヨタとデンソー、ダイハツのバックアップがあれば2年の短縮は可能だろうと筆者は踏んでいる。 一括企画ではこれらの車種を全部リストアップし、それぞれの仕向け地で必要な条件を予め条件に入れて基礎実験を始める。軽からEセグSUVまでの全てを、固定(共通化)する部分と変動(個別化)する部分に分けて設計を行い、MBDのシミュレーションによって、一気に完成に近いところまで持っていく。それによって仕向け地毎のキャリブレーション(較正)の手間がほとんどなくなる。短期間に安価に、良い製品を多品種作り出すという意味で、最先端にある方法だ。 ZEV法やNEV法の嵐の中で、必要な台数を販売するためのローコスト、高品質、多品種を一気に満たす手法である。しかも、今後のアライアンスの舵取りいかんによっては、グループ全社のグローバル販売網で売ることができる。ライバル各社が一台ずつスクラッチで設計して、コツコツ売っていたら、採算性が合うはずがない。 今回の取り組みは電気自動車時代の前哨戦で、圧倒的に有利な勢力図を書き上げる可能性がある。それが本当かどうかはあと5年程度でハッキリしてくるはずだ。
-------------------------------- ■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある