アーロン・パークスが明かす、ジャズの境界線を越えていくバンド「Little Big」の全容
『Little Big Ⅲ』の進化、JK Kimとの化学反応
―そして今回の『Little Big Ⅲ』は、スタジオはDreamland Recording Studioで、エンジニアはアリエル・シャフィアとなっています。これについては? アーロン:数年前、ホセ・ジェイムスのクリスマス・アルバムのレコーディングで初めて行った時、すごく気に入ったピアノに出会ったんだ。完璧な澄んだ音というよりは、どこかポンコツで……ペダルから足を離した時の軋むような音は、アルバムでも聴こえると思う。その個性的で魂が宿っているみたいなサウンドに惹かれたんだよ。 しかも、あそこはスタジオの音響がすごくいい。今回レコーディングするにあたって、どう進め、準備すべきかをかなり慎重に考えたんだ。それでまずはShape Shifter Labのマット・ギャリソンの好意で、移転したばかりの新しいブルックリンのスタジオで3日間、リハーサルを行った。そしてスポンサーを募り、スタジオスペース費用の心配をすることなく、音楽と数日間“向き合い”“知り合う”時間を設けたんだ。そのあとに3日間、お客さんを前にして、毎晩出来上がったばかりの新しい音楽を演奏した。そうやって1週間の集中した時間の中で新しいレパートリーを仕上げ、バンドの一体感を高め、スタジオに直行したんだ。 ―いわゆるジャズのレコーディングとは全く異なるプロセスですね。 アーロン:そう。あと、Dreamlandにしたもう一つの理由は、そこに住み込んで作業ができるからさ。3日間、家族からも離れ、家とスタジオを地下鉄やタクシーで行き来することもなく、小さな自分たちだけのクリエイティブな世界の中に巣篭もりするみたいにレコーディングができた。今後も可能な限り、このやり方でやりたいと思ったよ。バンドって、1箇所に集まって時間を過ごすと、それでしか得られない不思議な一体感みたいなものが生まれるんだ。 ―Dreamlandが何をもたらしたのか、もう少し解説してもらえませんか? アーロン:一つ言えるのは、アリエル・シャフィアが素晴らしいエンジニアだったということ。彼の録音技術のおかげでレコーディング後、ミックスはほとんどしなくてよかったくらいだ。「新たに音を作り変える必要は何もない。これが求めてるサウンドだ」と思えたから。そういうことって滅多にない。アリエルはスタジオを知り尽くした上で、想像力とクリエイティビティを持っている。 例えば「The Machines Say No」のドラム。アルバムにおける「Nefertiti」的瞬間というか、トニー・ウィリアムスmeetsエイフェックス・ツインというか! アリエル自身がドラマーだから生まれたヴァイブだ。レコーディング中、彼はコントロールルームで、JK Kimのプレイに合わせドラムにリバース・ディレイをかけたり外したりしてたんだ。僕らはそのことを何も知らなかった。ところが間違えて、そのリバース・ディレイをかけた音が僕ら全員のヘッドホンに送られてきたので、JKはリアルタイムで、アリエルがマニュピレートした音に反応したんだ。その結果、本当の意味における“エンジニアとライブ演奏のコラボレーション”が起きた。もし、普通にレコーディング後にエフェクトを加える……という過程をたどっていたら、決して起きなかったことだよね。 ―エンジニアとのセッション的な瞬間ですか。面白い。 アーロン:それにアリエルからは、ピアノのサウンドやミキシングに関しても多く学んだよ。最初、自分がイメージするよりも、ピアノの音が薄い気がしてたのでそれを彼に告げると「わかった。もう少し厚くすることは可能だ。でも理由があってこうしてるんだ」と言われた。実際、僕が足りないと思ってた厚みが加わった瞬間、全体の周波数スペクトラムが飲み込まれ、ベースやドラムのクリアさやフィーリング、ダイナミックさがすっかり失われてしまった。アリエルからは「ピアノは扱いに注意しないと全てを破壊するデストロイヤーにもなる」と教えられた。だからこのアルバムでのピアノのサウンドは過去のアルバムとは全然違ってるんだよ。 他にもアルバム全体を通して、気づかないような細かいことをたくさん試している。たとえば「Delusions」のラスト近く。あれはピアノのリバーブだけを取り出してループさせたんだ。するとリバーブ自身がフィードバックし始め、グルグルと音が回り、しまいにはコントロールが失われるんだ、良い意味で。 そんなふうに各曲に特有の”音の指紋”のようなものが残されてて、目立たないけど、独自の個性になっているよ。1曲目の「Flyaways」ではピアノとギターはコンピングに徹し、目立つようなソロを弾いたりしない。ただ脈打つ音背景が作られ、エネルギーが高まっていく曲だ。それがいい感じになるように、パンニングを調整した。なので、あの曲のピアノとギターは、他の曲とは少しだけ違う位置に配置されている。そんなごく小さな、考え抜かれた微調整がアルバム全体に散りばめられているんだ。 ―ちょうど名前が挙がりましたが、『Little Big Ⅲ』ではドラマーがJK Kimになりましたよね。その理由は? アーロン:(前任の)トミー・クレインが「ツアーで家を離れる生活を続けたくない」と言ったからだね。僕らジャズ・ミュージシャンは、自家用ジェットで優雅にツアーができるわけじゃない。みんな必死でツアー暮らしを続けているんだ。彼がそう思っているなら、僕が無理に留めることはできない。アルバムはトミーと作り続け、ツアーは別の誰かを探す選択肢もあったけど、Little Bigは本当の意味での「バンド」であってほしい。寄せ集めではダメなんだ。 トミーの後任を探すため、しばらく何人かのドラマーを試していた。2023年のヨーロッパのツアーの4日目に初めて、JK、デイヴィッド(・ギンヤード Jr:Ba)、グレッグのラインナップでやったら、マジカルな感覚があった。「この4人なら4人以上になれる」と思えたんだ。そのギグというのが、ブートレグで出てる『Live in Berlin』だよ。iPhoneのボイスメモが捉えた4人の初めての瞬間だ。JKはメンバー最年少。僕らとは世代が違うしアイデアも新鮮だ。そして、世界で最もポジティブな人間なんだ。 ―僕も会ったことがあるのでわかります。眩しいくらい明るい人ですね。 アーロン:僕の4歳の息子はJKが大好きなんだ(笑)。いつも「JKと話せる?」と言ってくる。本人もだし、彼の演奏には子供のような喜びや無邪気さがある。おかげで僕のなかの子供心も呼び起こされ、物事をあまり難しく真剣に考えすぎないように、という気にもさせられるんだ。