アーロン・パークスが明かす、ジャズの境界線を越えていくバンド「Little Big」の全容
ジャズの常識に囚われない音楽観とスタジオワーク
―このプロジェクトを始めた頃、Little Bigに影響を与えたアーティストやアルバムはありますか? アーロン:あらゆるものが影響源になった。ボーズ・オブ・カナダの『Music Has The Right To Children』、ミシェル・ンデゲオチェロの『Comfort Woman』、そして当然ながらレディオヘッド。彼らがLittle Big に与えた影響は避けられない。好きなアルバムとなると『In Rainbows』なんだけど、『Hail To the Thief』の不完全さやエレクトロ・アコースティック感……どこか雑で、荒っぽいところがすごく好きなんだ。そういう意味では『Invisible Cinema』はブラッド・メルドーの『Largo』無くしては存在しなかった。彼が「こういうことも可能だ」と手本を見せてくれて、目から鱗が落ちる思いだった。あと、大好きなバンド、Here We Go Magicの『A Different Ship』もLittle Bigにはとても大きい。 ―どれもわかる気がします。 アーロン:ある時期、最先端を追求し、新しいことをするためだけに新しさを求める傾向があったと思うんだ。でも、僕にとっては正直な話、自分にとって「いい音だな」と思える音のほうが大切なんだ。簡単に聞こえるかもしれないけど、シンプルさは苦労しなければ手に入らない。余計なものを全部削ぎ落とし、はじめてシンプルさにたどり着く。心に残って耳から離れないようなダイアトニックなメロディを書くのは、実はとても難しいんだよ。3作目まできた今は、この原則を作曲と演奏のどちらにおいても理解できている。意識して何かをしようとか、すごいソロを見せようとかではなく、お互いを信頼し、バンドの本質が本当の意味でわかってきたんだと思うんだ。そのせいなのか、前2作よりもエキサイティングでスリリングな即興演奏になっている気がする。執着心を手放すことで、逆にそういった興奮やスリルが自然と内側から生まれてくるようになったんだよね。 ―さっき『Largo』の話をしていましたが、ブラッド・メルドーがロックやエレクトロニック・ミュージックにアプローチしていた頃のサウンドはあなたにとって大きかったんでしょうか? アーロン:『Largo』に限ってだね。ジョン・ブライオンをプロデューサーに迎え、様々なテクスチャーや音楽要素を取り入れ、スタジオをプロダクション・ツールとして用いたあのアルバムから、あの当時、ものすごくインスパイアされたんだ。Little Bigの過去2作でスタジオをツールとして用い、オーバーダブを重ね、テクスチャーを加え、ささやかなサウンドスケープを作り上げていった手法はまさにその影響だ。 たとえば『Little Big II』の「The Ongoing Pulse of Isness」の曲前の1分間に聞こえるのは、バイノーラルマイクで録音したチャイムの音だ。僕はスタジオを歩き回って、ヴィブラフォンをボウで弾いてみたり、スタジオ自体が一つの楽器であるかのように色んなことを試した。 それに比べると、今回の3作目はずっとシンプルだし、ライブでの僕らのサウンドに近い。何層もオーバーダブを重ねるようなことはしてないよ。唯一、重ねたのは「Delusions」のシンセパート1箇所と1曲目「Flyways」のシェイカーだけ。それ以外のオーバーダブや余計なテクスチャーは加えてない。 ―Little Bigではスタジオワークも重要だと思うので、過去作からの変遷についても聞きたいです。1作目の『Little Big』はStrange Weather Studiosを使用し、エンジニアにはダニエル・シュレットを迎えていましたよね。 アーロン:あれはカッサ・オーバーオールの紹介。カッサはシアトルの同じ地域で育った、子供の頃からの古い友人で。僕は彼のアルバム『I Think I’m Good』の数曲で演奏している。 あのスタジオで特に感心したのは、ダニエルが録るドラムサウンドだ。Little Bigというバンドにとって、スタジオでもライブでも、僕らが求めるサウンド、特にドラムの音を理解しているエンジニアの存在がすごく重要なんだ。というのも、多くのジャズレコードで聴かれるのとは違う、よりコンパクトでドライなアプローチが僕らのドラムを録る際に必要で、それには経験と知識が物を言う。ダニエルにはそれがあった。彼が録るドラムは心を引きつける美しさがあるんだ。スタジオのヴァイブも、マッド・サイエンティストのようなダニエルが醸し出すヴァイブも気に入ったんだ。 『Little Big』はいわば建設プロジェクトだった。録音は一回ではなく、ピアノ、ベース、ドラムが5月、ギターが7月……と個別に録られたので、本物の化学反応はない。かなり上手く統合されているけれど、あくまでも作り物だ。まだ自分たちの音を探してる最中だったということもある。なので、スタジオをツールのように使いながら、「グレッグに何ができるか? バンドがギターに求めるものはなんなのか?」と試行錯誤しながらやっていた。そしてライブを重ねるうちにグレッグを含め、全員の演奏が変わっていったんだ。つまり、最初のLittle Big はスタジオでアイデアを追っていたけど、そこから成長し、今はよりライブ的になったということ。 1stの収録曲「Professor Strange Weather」は僕のお気に入りで、あれはダニエルに捧げた曲。まるで実験室でフランケンシュタインが生み出されたみたいに、スタジオで作られた。あるアイデアをループしてピアノ/ベース/ドラム、ピアノのトラックを作り、ピアノだけをミュート。そして残されたベース&ドラムをカットアップして新しいフォルムを作り、その上にグレッグのギターと僕のシンセを即興で乗せたんだ。この時は二人一緒にスタジオで音を重ねていったので、さっきの話で言えば、化学反応はあったね。そしてそれを支えていたのが、ダニエルのスタジオ魔術師のようなアプローチだったんだ。 ―2作目の『Little Big II』ではスタジオがBrooklyn Recordingが使われ、エンジニアはアンディ・タウブが務めています。 アーロン:あそこは僕のホームスタジオだった。(スタジオがある)ブルックリンのコブル・ヒルまでは、家から歩いて5分。新しいピアノが入った時は慣らし弾きのために鍵を渡され、夜中に行って弾いていたくらいだ。『Invisible Cinema』もそうだし、他にもたくさんのレコーディングをあそこでしたよ。アンディもダニエル同様、マッド・サイエンティストだ。行くたびに違うマイキングを試すんだけど、いつだってユニークで魅力あるサウンドになるんだ。共同プロデュースとミックスはグリズリー・ベアのクリス・テイラーで、彼がスタジオにいることで貴重な洞察力が加わったと思う。 あのアルバムでは2曲目の「Here」が一番好きだね。というのも、あれは2度テイクをとり、僕らは2回目を終えて「これだ!」と思っていた。ところがクリスに「悪くないけど、最初のを聴き返してみたほうがいい」と言われてそうしたら、確かに彼の言う通りだった。2回目のテイクは下手をすると自己満足すぎるくらいに自信に満ちていて、最初のテイクにあった親密で不安定な、ある種の魔法が欠けていた。それは常にLittle Bigのパラドックスでもあるんだ。僕らの音楽にはすごくたくさんの”特定性”の要素があって、ポップな感覚もあれば、ハーモニーには厳格さもある。曲はまるで宝石箱みたいに、大切なもの以外は何もない、磨き抜かれたシンプルさがあるんだ。でも同時に、完璧すぎるものにはしたくない。“侘び寂び”が必要……というか。器にはヒビが必要なんだ。何かが少しだけ不完全な方が、魔法が生まれる。完璧を目指しながらも、実際は望んでいないという矛盾の音楽ってこと。 ファーストの曲「The Trickstar」でも最初、トミー・クレイトンがドラムスティックを落としたんだけど、その音はそのまま残されている。そして演奏へと続く。その不完全さがあってこそなんだ。レナード・コーエンも言ってたように「すべてのものにはヒビがあり、そこが光が入る場所」ってことだよ。