42歳の女王はなぜ戦う?藤岡奈穂子が日本人初の5階級制覇の偉業達成
リングサイドには前WBC世界バンタム級王者で再起を決めている山中慎介(帝拳)が座っていた。判定が読み上げられると山中は拍手を送り、「プレッシャーとパワーで圧倒しましたね。最後まで攻め続けた。凄い体力でした。42歳でしょ? 信じられないですよ。僕も刺激をもらいました」と最大級の賛辞を送った。藤岡も「山中さんという男子のチャンピオンの方に認めてもらえることがうれしい」と本音で言った。 この5階級目の世界戦が決まるまで「一転二転どころか二転三転した」(藤岡)。9月にプエルトリコで決まっていたバジェ戦が1週間前に突然流れ、再交渉の末、10月下旬に故郷の宮城・大崎市で行う方向で進んでいた凱旋試合も中止になった。モチベーションをなくしかけていたとき「チーム藤岡」という名で結成された公設応援団に励まされた。4階級制覇を果たした今年3月には、母の友子さんが逝去。「天国で心配していたと思う」。 負けられない理由が積み重なっていった。 元運送会社のトラック野郎ならぬトラックガール。アマチュアの第一線で長くキャリアを積み、プロ転向は33歳と遅咲きで、初の世界王者となったのが、2011年5月のWBC女子世界ストロー級のタイトル。6年前だ。 2013年11月に一気に3階級を上げ山口直子(白井・具志堅)が持つWBA女子世界スーパーフライ級王座に挑戦して2階級目。2015年10月には、さらに1階級上げて兪禧晶(韓国)とのWBO女子世界バンタム級王座決定戦に臨み3階級目。昨年10月には2階級を下げて敵地メキシコでジェシカ・チャベスが持つWBC女子世界フライ級王座に挑戦するもダウンを奪われ判定負け。4階級制覇に一度は失敗した。だが 42歳にして「その負けがいい経験になった」と、今年3月にイサベル・ミジャンとWBA女子フライ級王座決定戦を行いTKO勝利で4階級制覇を成し遂げていた。そして、この日が、さらにひとつ階級を下げて5つ目のベルトである。 男性ボクサーの場合、複数階級の制覇は、たいてい下の階級から徐々に上げていくものだが、藤岡の場合は上がったり下がったりのエレベーター。減量もあり増量もある。今回は、「これまで最大」の5キロの減量があったそうだが、どの階級がベストの階級だとは言わない。 「それをいつも聞かれるが、それぞれ戦ったときの階級をベストにしなきゃいけなかった。(階級を)下げればキレが出て上げればパンチ力が上がる。その階級、階級のいいところを生かすだけ」 女子ボクシングのレベルと、世界的な選手層を考えると5階級制覇を男性ボクサーのそれと単純に同列に扱うことに問題はあるのかもしれない。だが、その裏にある努力と尊さに優劣はない。 彼女が5階級制覇にこだわったのには理由がある。自らのアイデンティティの証明と共に、それがニュースとなり女子ボクシング自体の認知度が増えればの願いである。