【長嶋茂雄は何がすごかったのか?】 東京六大学野球の2年先輩・土井淳が語る"ミスタープロ野球"②
土井 俺の頭にはフィリピンでのあのホームランがあったから(第一回参照)、「やっぱりすごい選手になってきたな」と思ったよ。でも、国鉄スワローズとのデビュー戦で金田正一さんから4三振を食らったじゃない? あの時はプロは厳しいもんだと思ったね。 ――伝説に残る、1試合4三振ですね。 土井 デビュー戦で金田さんにガツンとやられても、まったくこたえなかった。プロの選手たちはあの手この手を使ってくるんだけど、長嶋はそれを跳ね返したよね。 ――長嶋さんは1年目に打率.305、29本塁打、92打点、37盗塁という素晴らしい成績を残しました。 土井 巨人との試合には大勢の観客が見に来てくれる。彼は明るいじゃない? そういう部分も含めて、「長嶋を見たい」という人が増えてきたんだと思うよ。 ――バッターとキャッチャーは試合中、とても近い場所にいます。旧知の仲であれば、会話をすることもあったんでしょうね。 土井 「久しぶり」みたいな会話から、長嶋の気持ちとかを探るわけよ。それを続けているうちに、調子がいい時と悪い時がわかるようになった。 いい時は、口数が少なくて、何を言われても「フフフッ」と笑ってごまかす。調子が悪い時には、「いやあ、ダメだ、土井さん。今、調子が悪くて......」と、本音を口にするわけよ。だから、打席での様子を見て「今日は危ないな」と思ったことも多い。 ――普通の選手なら、調子が悪い時こそ隠そうとする気がしますが。 土井 でも、長嶋の場合はそうじゃない。そのあたりは正直というか、性格だろうね。ワンちゃん(王貞治)は、話しかけても答えない。聞こえないふりをするんだよ。 ――スランプの時でも1本ヒットを打つことで立ち直る選手もいます。 土井 長嶋がそうだったね。それまで調子が悪くても、パッと切り替えることができる。3連戦のはじめの2試合を抑えても安心することはできない。とにかく、油断したらやられるから。 ――しかも、長嶋さんはチャンスにはめっぽう強いバッターです。 土井 絶対に打たれたくない場面では、3ボールにしてそこから攻めることもあったよ。秋山みたいにコントロールのいいピッチャーの時に限ってだけど。3ボールになると、あの長嶋であっても少し気が抜けるんだよね。 ――心のスキを突くという作戦ですね。 土井 「歩かされるな」と思えば、長嶋であってもどうしてもそうなる。そこから勝負を仕掛けるようにしていたね。でも、何回も通用しなかった。次に同じことをした時は、ボールでも打っちゃう(笑)。 ――バッテリーからすると、本当に嫌なバッターですね。 土井 敬遠して次のバッターで勝負ということが多かったね。とにかくチャンスに強いから。長嶋は勝負しないほうがいいバッターだった。 ――相手が打たれたくない時にこそ、力を発揮する人だったんですね。 土井 長嶋が燃えたら、もう始末に負えないから。逃げたらやられるし、勝負しても打たれる、そんなバッターだったね。 第3回に続く。次回の配信は11/9(土)を予定しています。 ■土井淳(どい・きよし) 1933年、岡山県生まれ。岡山東高校から明治大学に進学ののち、1956年に大洋ホエールズに入団。岡山東、明治の同級生で同じく大洋に入団した名投手・秋山登と18年間バッテリーを組んだ。引退後は大洋、阪神にてバッテリーコーチ、ヘッドコーチ、監督を歴任。スカウト、解説者を経たのち、現在はJPアセット証券野球部の技術顧問を務めている。 取材・文/元永知宏