<解説>小野憲史のゲーム時評 「ゲーム批評」の思い出(8) アンケートハガキの思い出
秋葉原の歩行者天国で行う街頭インタビューも定番企画だった。ゲーム専門店の近辺で、名刺を持って歩き回り、読者にコメントをとった。不審がられることもあったが、快く答えてくれる人も多かった。疲れるので編集部員には不評だったが、「『ゲーム批評』の小野さん」と声をかけられるのがうれしくて、編集長になってからも、一人でやった。時には様子を見ていた店員から声をかけられたり、立ち話をしたりすることもあった。こうした企画を続けるうちに、次第に読者像がつかめていき、どのような企画が好まれるか、想像がつくようになっていった。
自分が雑誌編集者だったのは7年半にすぎないが、それでも雑誌は読者に支えられ、読者とキャッチボールをしながら創り上げていくものだと実感した。言い換えれば雑誌編集者とは、読者コミュニティーのマネジャーでもあるということだ。読者が望む誌面を作ることも重要だが、それだけでは内容がどんどん先鋭化していき、読者層が狭まっていってしまう。なにより編集者である自分自身が楽しくない。もっとも読者ニーズから離れすぎると、部数が下がってしまう。このバランスをとるのが難しかった。ともあれ、架空の読者の顔を思い浮かべながら雑誌を作るのは、雑誌編集者の醍醐味ではないかと思う。ソーシャルゲームの運営などに通じる感覚かもしれない。
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おの・けんじ 1971年生まれ。山口県出身。「ゲーム批評」編集長を経て2000年からフリーランスで活躍。2011からNPO法人国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)の中核メンバー、2020年から東京国際工科専門職大学講師として人材育成に尽力している。