「盲導犬を蹴られる」エスカレーター片側空け問題、条例施行でどうなった?
ファーストペンギンになれ
── 名古屋市の条例が効果的だったのは土地柄も大きいという話でした。この先全国に広まっていくでしょうか。たとえば国の法律にするといったことは考えられますか。 全国の都道府県庁所在地で調査をしてきたと言いましたが、県庁所在地といっても「エスカレーターは駅とイオンにしかない」というところも多いです。「全国的にエスカレーターを~」と言ってもおそらくピンとこないでしょう。 ── では東京はどうですか。いつか変わる未来がくるでしょうか。 いきなり東京が変わるのは難しいと思います。変わるとすれば、地方からじわじわと波及していくかたちでしょう。東京には地方から入ってくる人がたくさんいます。その際に地方の文化を持ち込みます。ですから、まずは地方の大都市が変わらなければいけません。 そういう意味で、私が次に条例を作ってほしいと思っているのは福岡です。福岡は街として大きいし、いろいろなところにエスカレーターがあります。 ── 条例はないですが、交通局の市民を巻き込んだ動きが一定の成果を挙げているようですね。 われわれは福岡でも調査をしてきました。福岡市交通局は以前、キャンペーンで「ファーストペンギンになろう」という趣旨のポップを設置していました。あれは非常に良かったと思っています。 ファーストペンギンとは、集団で行動するペンギンの群れから、天敵がいるかもしれない海へ最初に飛び込む勇敢なペンギンのことをいいます。一羽が意を決して飛び込むと、後続も動く。エスカレーターにおいても、勇気を持って右側に立とう、そうすればみんなも続き、大きな行動変容を起こすことができる。そう呼びかけたのです。 ── 誰かが動くのを待つのではなく、自分が最初の一人になる意識が大事ということでしょうか。そういう意味で言えば、埼玉県の条例施行はある種のファーストペンギンだったとも言えますね。名古屋市が条例を作った際には、当然埼玉県の事例が念頭にあったでしょう。 おっしゃる通りです。埼玉県では、歩く人の割合が施行前の水準に戻ってしまいました。ですが、意味はあったと思います。ああやって条例を作ったことで全国で報じられました。それで名古屋市も動いたわけです。 効果のあるなしではなく、先陣を切って作ったことに意味があります。条例ができた経緯やその徹底ぶりなどに批判があるのも事実ですが、そのことによっていろいろなことが変わり始めているのもまた事実です。 たとえば、埼玉の駅員さんたちに話を聞くと「条例を作ってもらって本当によかった」と言います。歩いている人を注意する際の根拠ができたからです。 埼玉県でも、数字には表れない行動変容が起きています。われわれは長いこと調査をしてきたので、エスカレーターまで走ってきた人を見れば「ああ、あの人はエスカレーターを歩くだろうな」というのがだいたい分かります。ですが、そういう人がエスカレーターの前で一瞬立ち止まり、階段の方に行くようになりました。そして階段を駆け上がるのです。条例の施行前にそういう行動はありませんでした。 こうした変化は数字には表れません。「階段を駆け上がるのははたして安全なのか」という議論ももちろんあります。ですが、行動が変わる、そういう効果はたしかに出てきているということです。
取材協力:福岡市交通局、名古屋市消費生活課、一般社団法人 日本エレベーター協会 執筆:鈴木陸夫 編集:日向コイケ(Huuuu)