「盲導犬を蹴られる」エスカレーター片側空け問題、条例施行でどうなった?
── どんな結果が出ましたか。 最初はよかったのですが、徐々に効果が薄れていき、今ではすっかり元に戻ってしまいました。 それはある意味で当たり前かもしれません。条例ができた直後は、新規刺激として入るのでみんなが意識します。埼玉県の場合は、県知事が浦和駅でパフォーマンスを行ったり、ポスターやチラシで大々的に啓発したりしたことで、マスコミにも取り上げられました。とはいえ、最初は物珍しくて目に留めた人も、次第に慣れていってしまうのです。 ── その2年後の2023年10月には、名古屋市でも同じく条例が施行されました。 名古屋市の数値についてはまだ計測途中ですが、利用者の行動には明らかな変容が確認されています。埼玉県と比べて右側に立つ人や横並びで乗る人が増え、特に親子においては乗り方に明確な違いが観察できました。 ── どんな違いがありましたか。 埼玉県の場合、手をつないで横並びに乗る親子はほとんどいません。条例の施行前と変わらず、親は子供を前のステップに乗せていました。一方、名古屋では、かなりの割合が手をつなぎ横並びで乗るようになりました。また、後ろから来た歩行者も、前の子連れに気づくと、速度を落として立ち止まるようになったのです。
埼玉県と名古屋市の違いはどこにあったか
── 二つの地域で違う結果が出た要因はどこにあると思いますか。 二つあります。一つは打ち出し方です。二つの条例はいずれも利用者にエスカレーターを歩くことを禁止する内容ですが、両自治体でその打ち出し方が違いました。埼玉県が条例の内容そのまま「立ち止まろう」と打ち出した(※)のに対し、名古屋市は明確に「左右両方に乗ろう」と発信したのです。左にも右にも止まっている人がいれば、物理的に歩けません。結果として歩かなくなります。 ※現在は埼玉県も「左右両側に」という文言が追加されている 要するに、ただ禁止するのではダメだということです。「こうすればいい」という具体的な提案までセットで打ち出さなければなりません。 これは歩きスマホでも同じです。たとえばフランスには、街路樹の周りに2メートル四方の白い線が引いてある地区があります。スマホを見たい人はここで見ましょうと案内している。そうすると歩きスマホは減るのです。ただ「歩きスマホをするな」とだけ言ってもダメなのです。 ── もう一つの要因は。 私は全国47都道府県の県庁所在地はもちろん、北京や台湾などでも調査しています。調査する前から予想されていましたが、この問題には地域差があります。中でも、名古屋市は少し珍しい特徴を持ったエリアであることが分かりました。 ── どう珍しいのですか。 ご存知のように、同じ片側空けでもエリアによって様相が異なります。関東では右側を空け、 関西では左側を空けるのが一般的です。名古屋市も右側空けが主流ですが、条例の施行前から10人に1人は右側に立つ人がいたのです。 面白いのは、前の人が右に立っていたら次の人も右に立つ、前の人が左に立っていたら次の人も左に立つということです。「自分は常にこちらに立つ」というものはありません。 名古屋の人はそういう乗り方に慣れていました。ですから右側に立ったところで、他の都市部で見られるような舌打ちが一切ないのです。歩こうとする人自体はいるのですが、前の人が止まれば物理的に歩けないから、立ち止まります。しかも、それでイライラしている様子がありません。普通にしているのです。 ── 二人乗りを受け入れる土壌がもともとあったということですね。 あくまで推測ですが、そういう雰囲気があったからうまくいっている面はあると思います。 埼玉県でも条例の施行後、胸を張って右側に立つ人はいました。ですが、そういう人たちも舌打ちをされたり「邪魔だ」と言われたりしたことで元に戻ってしまいました。気の強い人は「条例がある」と言い返すでしょうが。多くの人はぶつかることが嫌で、仕方なくまた左側に立つようになっています。