「この経験を積むことが大事だった」岸井ゆきのが痛みと向き合った3週間 映画『若き見知らぬ者たち』インタビュー
若者たちの得体の知れない熱量を生々しく活写した群像劇『佐々木、イン、マイマイン』(2020年)で大きな評価を得た内山拓也監督の商業長編デビュー作となる『若き見知らぬ者たち』が公開された。本作は日本、フランス、韓国、香港合作としてあらかじめ海外展開を見据えており、キャストには磯村勇斗、岸井ゆきの、福山翔大、染谷将太といった気骨のある芝居を体現する俳優陣が名を連ねる。 【撮り下ろし写真】日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞に輝いた『ケイコ 目を澄ませて』以来の映画出演となった岸井ゆきの 現代社会の閉塞感や貧困に飲み込まれそうになりながら、なんとか一線を越えずに踏ん張って生きている若者たちが、そこにいる。難病を患った母の介護に追われ、亡き父が負の遺産として残したカラオケバーを営む兄=風間彩人(磯村勇斗)。総合格闘技のプロ選手である弟=風間壮平(福山翔大)は家庭と練習の板挟みに悩む日々を送っている。そして今回、インタビューに応じてくれた岸井ゆきのが演じる日向は、彩人の恋人として──いや、その響きだけでは到底引き受けられないほど献身的に風間家を支えている。 2022年末に公開された三宅唱監督の映画『ケイコ 目を澄ませて』で、観る者が気圧されるほどの肉体と精神を研ぎ澄ませた芝居を見せ、『ケイコ』と岸井ゆきのは数々の国内の映画賞を獲得し、海外の映画祭でも称賛された。それに次ぐ映画作品となる本作『若き見知らぬ者たち』で、岸井はどのようにほとんどそのバックグラウンドが明かされない日向という難役と向き合ったのか。その俳優像同様、どこまでも真摯に語ってくれた。
エネルギーがすごく高い現場だった
──最初の10分からこの映画を観る側にそれ相応の覚悟を求める緊張感があり、それはそれ以降も通底していて。だからこそ、触れた者が語りたくなる映画でもあると思います。岸井ゆきのという俳優は、本当に体現するにあたりタフな肉体と精神を求められる役が多いと思いますが、今作にはどのように入っていきましたか? 役をお引き受けすることが決まってから台本を読んだのですが、あまりにも完成されている、本当にいい脚本だなと思いました。私が演じた日向が受ける事象として、「なんでこんなことが起きてしまうんだろう?」と思うところもありましたが、日向という人に対しては「なんでこういう行動をとるんだろう?」とか「なんでこういうことを言うんだろう?」という疑問が一切なかったんです。 なんというか、直感的であり感覚的にわかるというか。すごく難しいし、ずっと大きなものを受け止めている役で。なので、自分自身にかかる重みは強いものになるだろうなと最初から想像していましたが、脚本が本当によかったのでやりたいと思いました。 ──内山監督と岸井さんは同世代ですが、監督の視点や映画観に同世代特有のシンパシーを覚えることなどはありましたか? もともと自分の年齢も危ういくらい気にしてないところがあるので、誰かと接するときも年齢を気にすることがほとんどないんですね。だから、同世代という部分で何かシンパシーを覚えるということはなかったです。でも、監督は映画に注ぐ熱量がすごく高い方なので。私も高い熱量をもって撮影に臨みましたし、他のキャストの方々とお話してもやはりそうでした。なので、同世代だからというよりは映画にかけるエネルギーがすごく高い現場だなと思いましたね。 ──今作で岸井さんが果たしている役割は、日向という役を通して作品全体を見守るという部分も大きいと思うんですね。そのあたりはどうですか。 主演作が続いていたので、事務所の社長から「主演が続いているなかで助演としてしっかり経験を積むことも大事だと思う」という言葉をもらって。私自身、この映画を通してそれがひとつのミッションだと思ってました。この映画のキャスト数は多いわけではないけれど、でも確実に全体を支えているのは日向であると私も思います。 ──痺れる話ですね。 「そのためにこの作品と出会ったんだと思う」と言われて。脚本を呼んで「ああ、そういうことか」と理解しました。でも、結局は助演だからどうという考え方よりも、自分が日向としてどう向き合うかでしかなかったんです。そのうえで結果的に日向としっかり向き合うことで作品を支えることができたらいいなと思いました。監督からは「この作品は役について話し合うことをあまりしたくない」と言われて。「日向はこういう人だよね」とか「彩人とは何年付き合っていて」みたいな確認はまったくなかったんです。それぞれのキャストが持ち寄ったものを出していく感じでした。 ──日向ってすごく余白がある人じゃないですか。それこそバックグラウンドはあまり明らかにされない。ただ、中盤から終盤にかけての決定的なシーンとして、彩人を家から送り出してから、家に残った日向のパーソナリティの陰影であり心理的な重みが生々しく浮き彫りにされるところがありますよね。あのシーンは岸井さんにとってもすごく難儀だったはずと想像します。 あのシーンは脚本を読んだときに──うまく言葉にできないんですが──「わかる」と思ったんです。いろんなことをずっと受け止めてきた人じゃないですか、日向って。風間家の人ではないのに、風間家を支え、受け止めながらずっと奥歯で砂を噛み締めてる。その感じが、私自身すごくわかると思ったし、監督からは「溢れそうな気持ちをとにかく抑えてくれ」とずっと言われていて。 ──しんどいですね。 その我慢している状態が、すごくわかると思った。日向の気持ちが。私自身、表では明るく見せながら耐えてきたという経験もあるので。だから、とにかく我慢する状態に力を注ぐことで日向になれるんじゃないかと思ったんです。 ──我慢する状態をキープするのは、撮影していない時間も自分に課す必要があったのかなと。 本当にそうでした。役作りとしてどうというよりは、映ってない時間を大切にしたいと思いました。私が今までがんばって見逃してきた気持ちに向き合うとしたら、私も日向のようになっていたと思うんです。