「プロ野球90年」作家・小川洋子さんが語るタイガース愛「掛布と結婚しようと…」
昔は阪神が負けると腹を立てたり、エラーをした選手に「何やってんだ」と思ったりしていたけど、今はお母さん的な気持ちで、エラーした選手にこそ「明日頑張りなさいよ」と言ってあげたくなる。まさか、日本一になってほどなく低迷期に入ってしまうとは…。だから、あの時代が母親の気持ちになる前の修行だったのかな。タイガースファンの編集者と年賀状のやりとりでお互い慰め合っていたんですけど、長くファンを続けるというのは、山あり谷ありを経験して球団と共に自分も成長させてもらうってことなんですよね。 浮気するっていうことは一度もなかった。もう一生阪神についていく。巨人はほっといても勝つけれど、阪神は私が正座して応援していないと負けてしまう気がする。そういう切なさを帯びているのかな。 今は「推し」っていう言葉があるけれど、何か我を忘れて応援できる対象があるっていうのは、人生を豊かにしてくれると思う。甲子園球場に行って、数万人の人と一つの球を見つめて、同じ瞬間に飛び上がって拍手できる体験は特別なものですね。 ▽言葉のない世界
小説を書いていると、ずっと言葉だけの世界にいて、言葉で全てを表現しなくてはならない。野球を見に行くと、言葉がない世界なんですよね。そういう世界に触れるっていうのが、すごくリフレッシュできる。甲子園で阪神の練習を見学させてもらったとき、計算され尽くした動きで静かに行われていて感動した。言葉がなくても成立している。心と心が通じ合ってないとできない。作家はその言葉にできないことを書かなくちゃいけないので、ある意味対極にある人々ですね。 そういうものに触れると、また人間を書きたくなってくる。親密な関係であればあるほど、ぺらぺらとしゃべらなくてもお互いを分かるし、理屈で相手を負かす必要もない。そういう関係をやっぱり書きたい。 とっぴなようだけど、そういうものをダブルプレーの瞬間に感じたりする。球がピッピッといって二つアウトを取る。何も言葉を交わさないのに伝わり合っている。それを、人間関係に置き換えて受け取る瞬間がある。