乳牛にとっての''あたりまえ''。『ワイルドミルク』が生む循環型酪農
家畜化された牛の野生を取り戻す
── 先ほど冷凍精子による種付けのお話がありましたが、山本牧場では牛を自然繁殖させているそうですね。 山本 はい。種牛としてオスを置いておいて、交配も自然に任せています。それによって何が起きるかというと、親子関係ができるんですよ。普通は出産すると母牛と子牛を離すんですけど、うちでは一緒に過ごさせていて、おっぱいも飲ませています。 当然、子牛におっばいを飲ませると、搾れる乳量は減ります。だけど、母牛が元気になるんですよ。たぶん「私がこの子を育てる」という気持ちになるんじゃないですかね。モチベーションが全然違うのがわかります。 ── 「いっぱい食べて、いいお乳を出そう」という母のメンタリティになるんですかね。 山本 きっとそうなんでしょうね。牛乳って、本来は子牛のために出しているものですから。そうやって親子で過ごしている姿を見ていると、牛にも当たり前に感情があるし、豊かな生き物なんだと思いますね。そういうことを感じられるのが、この仕事のいいところです。ちょっと困るときもあるんですけどね。「乳量が全然足りてないから、そんなに飲むなよ」って(笑)。
── 自然繁殖ということは、産まれてくるのがオスかメスかもわからないということですよね? 山本 性別も、いつ産まれるかもわかりません。人工授精だと種付けをしてから約280日で産まれるので先の予測ができるんですけど、うちは計画が立てられないんですよ。 オスが産まれても母牛の乳は出るけど、その牛自身は搾乳ができません。だから、うちではオスが産まれたら、毎年1頭か2頭を種牛にしています。最初の種牛はイチローと名付けて、それからジロー、サブローと続き、今いるのはジュウイチローです。ただし、血筋が近いと近親交配になってしまうので、種牛として1年間活躍してもらったら、申し訳ないけれど売りに出しています。 ── 牛は家畜化された動物というイメージがありますが、山本さんがやられている酪農は牛を野生に戻そうとしているようにも見えますね。 山本 だから、ワイルドミルクなんですよ。牛を本来ある姿に近づけていくという意識は強く持っていますね。そうやって作った牛乳を飲んでくれた年配のお客さんからは、「懐かしい味だね」とか「これは古い牛乳だね」という感想をいただくこともあります。 ── えー、それは面白いですね。今のように大量生産される前の牛乳を知っている人からすると、山本さんが完全放牧で作っている牛乳は懐かしいものに感じられるんですね。