ラブソングは間接的かつカジュアルに? いしわたり淳治が感じた時代の変化、キッチンのCMソングから考える
【&M連載】いしわたり淳治のWORD HUNT
音楽バラエティー番組『EIGHT-JAM』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載ではいしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の5本。 【画像】いしわたり淳治の気になるフレーズを見る(5枚) 1 “いつかキッチンを選ぶ日がきたら”(クリナップCM) 2 “ロケが巻く巻く” (藤崎マーケット 田崎佑一) 3 “棚に上げるんじゃなく棚卸しの方が先”(婚活アドバイザー 荒木直美) 4 “タイトルめっちゃ言う”(ネルソンズ 和田まんじゅう) 5 “「噛む」って言葉を覚えたら急に噛み始めた”(清水ミチコ)
これからの時代のラブソング
クリナップのキッチンのCMソングが気になる。楽しげにキッチン用品を選ぶ若い男女、小さな子供のいる家庭の団欒(だんらん)の様子、老夫婦が一緒に料理をする映像などが流れる後ろで、「想像したんだ いつかキッチンを選ぶ日がきたらって なんかいいなと思えたんだ キミとボクの未来だ いつかキッチンを選ぶ日がきたら」という歌詞が流れる。 何かを選ぶという作業は楽しいもので、よく子供が選択に迷って、「どれにしようかな てんのかみさまのいうとおり~」などと歌っている姿は心温まるものがある。そんなわらべ歌に限らず、Jポップの中にも「何を選ぶか」みたいなことがテーマになっている人生や恋愛の歌は、探せば結構見つかると思う。 クリナップのこのCMの歌が異質なのは、選んでいる最中のわくわくを歌っているのではなく、“いつか選ぶ日がきたら”と未来の空想を楽しんでいる点だ。しかも、「君といつまでも一緒にいたい」と大げさに歌うのでなく、「なんかいいなと思えたんだ」と、あくまでささやかに歌う。とはいえ、選ぶものが「キッチン」なので、いくらささやかに感情を表現したところで、やはり「結婚」や「家族」みたいなものを聞き手はイメージする。そんな作りになっている。 歌の世界の中で結婚や家族という言葉は、時代の移り変わりと共にだんだん重さを増しているように感じる。誤解を恐れずに言えば、個人の自由な生き方が尊重される今の時代に「結婚」をテーマにする歌は、聴く人の共感の幅を狭めることにもなりかねないと言える。 とはいえ、この世界からラブソングがなくなることはなく、ではこれから先、「結婚しよう」や「君とずっと一緒にいたい」の歌はどうなっていくのかと考えた時、もしかしたら、このCMの「いつか君とキッチンを選びたい」といったような間接的かつカジュアルな言葉に置き換わっていくのかもしれない。このCMソングが頭から離れないのは、聞くたびに頭の隅でそんなことを考えるからかもしれない。