慶応の主力一小さな主将 大阪桐蔭元主将にもらった夢 センバツ
身長163センチ。主力で最も小柄な体格をはねのけてレギュラーをつかんだ主将がいる。第95回記念選抜高校野球大会第4日の2回戦で、仙台育英(宮城)と対戦する慶応(神奈川)の大村昊澄(そらと)主将(3年)だ。原動力となったのは、大阪桐蔭で2017年のセンバツを制した身長168センチの主将の存在だった。 【似てる? PL時代の清原さんと次男・勝児選手】 ◇「ベンチキャプテンの可能性もある」 22年7月に神奈川大会で敗退した翌日、新チームの主将が2年生と引退する3年生の投票で決まった。満場一致で選ばれたのが大村選手だった。グラウンドを誰よりも早く整備し、後片付けも最後まで手を抜かない。森林貴彦監督(49)は「言葉でも、背中でも手本を示せる。選手個々の性格や考え方を結集させる力がある」と言う。 ただ、森林監督から大村主将に告げられたのは厳しい言葉だった。「ベンチキャプテンの可能性もある」 ベンチキャプテンとは、主将がレギュラーの座をつかめずにベンチ入りすることだ。その言葉を大村主将はどう受け止めたのか。 「実力が足りないとずっと思っていたので分かっていた。でも、ベンチキャプテンでは終わらないと決めて、絶対にレギュラーとしてチームを引っ張ると思った。強い気持ちをもう一回燃やした言葉だった」 高校に入る前から体格へのコンプレックスを抱えてきた。「『体が大きいことがすごい』と常に感じながら野球をやっていた」 一方で、勇気をもらったシーンがあった。「あの本塁打で自分の中に夢や希望が生まれました」 「あの本塁打」とは、17年夏の甲子園の米子松蔭(鳥取)との1回戦で大阪桐蔭の主将だった福井章吾さん(トヨタ自動車)が放った一発だ。「2番・福井」は一回にいきなり先制の右越えソロを放ち、チームも8―1で快勝した。当時小学6年生だった大村主将は「『小さくてもホームランって打てるんだ。自分も甲子園で活躍したい』って思いました。右翼ポール際への放物線は今でも覚えています」と振り返る。 ◇「体が小さくても活躍できる姿を」 出身の愛知県から越境入学で慶応に進学し、ぶつかった壁は「新チームが始まるまで全く打てなかった」という打撃だった。ただ、主将という大きな「看板」を背負って意識が変わった。「2番に似合う打者になろうと思って、自分を犠牲にしてもいいという割り切りができるようになった」 安打にこだわらずにつなぐ意識を持つことで結果もついてくるようになり、「2番・二塁」でレギュラーをつかんだ昨秋は公式戦初本塁打も放った。 実は福井さんも高校時代、大村主将と同じ思いを抱えていた。 「高校の先輩である(当時身長170センチの)森友哉選手(オリックス)が活躍する姿を見て、『こんな小さくても活躍できるんだ』と思った。体が小さいので私生活からまとめたり、コミュニケーションで引っ張ったりして、他の人にない部分を伸ばそうとした」 森選手は12年の甲子園で春夏連覇を達成し、プロ入りした。憧れの先輩が原動力となった姿が重なるからこそ、「(大村主将は)自分と似ているところがあるから頑張ってほしい」と話す。 甲子園を目指すきっかけにもなった福井さんの存在。そして、つかんだ慶応でのレギュラーの座とセンバツ切符。大村主将は「子供たちに体が小さくても甲子園で活躍できる姿を自分も見せたい」との思いで聖地に立つ。【浅妻博之】