もしも世界から蚊を根絶させたら何が起こるのか、科学者に聞いてみた、年70万人が犠牲に
実際に蚊を根絶できるのか
しかし、蚊を根絶できれば、世界の健康状態は大きく改善するはずだ。 WHOのデータによると、蚊は毎年70万人近い死者をもたらしている。 マラリアを媒介するのは主に蚊なので、蚊が消えればマラリアも消える。世界保健機関によると、2022年のマラリアによる死者は約60万8000人にのぼる。 さらに、毎年2万1000人の死者を出しているデング熱も、3万人の死者を出している黄熱病も、蚊が媒介する。 ただし、蚊を根絶しなくても、この数字を下げることはできるだろう。近年では、蚊による感染症を防ぐ有望な研究も進んでおり、蚊を寄生バクテリアに感染させる、放射線で滅菌する、CRISPR技術で遺伝子を編集するといった画期的な方法が生み出されている。 忘れてはならないのは、すべての蚊が人間に被害をもたらすわけではない点だ。実際、人間には見向きもしない蚊も多い。 「湿地にすみ、カエルなどの両生類の血しか吸わない蚊もいます」と、米ペンシルベニア州農務省の昆虫学者であるマイケル・ハッチンソン氏は言う。「湿地でたくさんの蚊に囲まれて座っていても、まったく刺されることはありません。人には興味がないのですから」 メスが血を吸わない蚊もいる。また、オオカの仲間(Toxorhynchites属)のように、水中で暮らす幼虫の段階でほかの蚊を捕食するものもいる。 「これはペンシルベニア州で一番大きな蚊ですが、刺すことはありません」 結局のところ、蚊を根絶できるかどうかはわからない。おそらく難しいだろう。いずれにしても、著名な生物学者だったE・O・ウィルソンが「世界を動かす小さなもの」と呼んだ蚊については、まだよくわかっていないということだ。
文=Jason Bittel/訳=鈴木和博