「失敗は私に学びをくれた」3メガバンク初の女性副頭取が振り返る30代の苦しかった債権処理 三井住友銀行工藤禎子さん
工藤:現場を見ることですね。 地下200メートルの採掘場所を実際に見に行きました。地下に潜ると、あたりは真っ黒で、長靴を履いていた足元がずぶずぶと水に沈んでいく。そんな中で屈強なオーストラリア人が働いていました。いったん地下に潜ると10時間は外に出てこれない。横穴でお昼寝をしている姿も目にすることもありました。 また彼らは家族と過ごす時間も限られているそうです。炭鉱がある場所は人が暮らす町からは離れています。1週間のうち、炭鉱とその周辺で4日間過ごし、残りの3日を家族が待つ町で過ごすという働き方でした。 こんなに厳しい労働環境にいる従業員をマネジメントするのは難しいことだし、労働者がストライキを行うのもわかるし、彼らが要求することにも理があるなと。崩落やガス爆発のリスクがあるような場所で働いていますから。実際、労働争議でオペレーションがしょっちゅうとまっていたのです。そのころ、石炭の価格も低いことも事業には影響しました。 でも現場に行く前は、「もっとやりようがあるんじゃないか」と私自身が思っていたんです。それが、足を踏み入れてみて、これは相当たいへんな世界だなということがわかりました。出資社である日本の企業は手を尽くしてくださった。これ以上は日本の企業ではなく現地の方にやってもらうのがベターだろうと現場をみて理解したのです。 紙の上で考えているだけではわからないことがあるんですね。このプロジェクトを通じて、体感するって大事だと気づきました。精神的には苦しかったけれど、失敗は私に学びをくれました。
――プロジェクトファイナンスは、風力発電など社会性の高い事業を進めていく印象があります。工藤さん自身にも社会貢献に対する意識が高いようにも感じますが、世の中の役に立つためのアプローチ方法はほかにもありますよね。 工藤:新しい産業が生まれたり、新興国の電化が進んだり、人びとの生活に貢献できる実感がありました。 もちろん「よいこと」をするためには、他の方法、例えば寄付も方法の一つです。でも人びとを惹きつけるのには経済性が必要だと思います。寄付をするのにも収益が必要になりますので、収益を生み出す、お金を稼ぐことは尊い行為ですよね。 とはいえ、私たちは間接金融です。善良な仲介者として、心臓が血液を全身にめぐらすように企業、個人を健全に維持しより良い社会を創るために資金を押し出して、事業を回していくのが社会における私たちの役割だと認識しています。 〉〉後編【この時代の「会社の価値」とは? 「ジェンダーギャップよりもジェネレーションギャップに課題」三井住友銀行副頭取工藤禎子さん】に続く くどう・ていこ 1964年生まれ。慶応大経済学部を卒業後、女性総合職の1期生として1987年に住友銀行(現・三井住友銀行)に入行。プロジェクトファイナンスなど海外の大型事業融資に携わり、2014年三井住友銀行初の女性役員に就任。2021 年 3 月 同取締役兼専務執行役員、2024年4月三井住友フィナンシャルグループ取締役執行役副社長グループCCO、三井住友銀行取締役兼副頭取執行役員。
鎌田倫子