作家、平野啓一郎が「また新たな基礎的教養書が登場した」と喝破する、遺伝学のいまを知りたい人のためのわかりやすいバイブル(レビュー)
そうした条件を踏まえた上で、我々は、個人の遺伝的特質と学歴との相関(それも環境要因と同程度に強い)という現実に対して、どう向かい合うべきだろうか? 著者は三つの立場を示す。一つは、人生に遺伝の影響があるという事実を以て格差を自然化し、介入的変革を否定する「優生学」。二つ目は、公平な社会の実現に於いて、遺伝的差異を無視する「ゲノムブラインド」。作者はこの両者を徹底して批判している。対して、三つ目は、「遺伝データを利用することで、人々の生活を改善し、成り行き(アウトカム)の平等化を効率的に進められるような介入の探究を加速」することに努める「アンチ優生学」である。 結局のところ、学歴とポリジェニックスコアとの相関も、今日の我々が、特定の遺伝的特質を備えた人間が有利となるような社会を作り、維持しているというに過ぎず、著者は遺伝的多様性を前提とした、真の意味での平等な社会の実現を訴える。 私はその考えに、基本的に同意する。ただ、個人のポリジェニックスコアが可視化されてから、それに十分に配慮した社会が実現されるまでの過渡期には、多大な不利益を被る人も出てこよう。自尊心の問題もある。優生学的な主張も、容易には根絶やしに出来まい。 いずれにせよ、個人の“幸福”に於ける遺伝の影響という難題に対し、本書は極めて周到な議論を展開しており、今日の私たちにとっては必読書と言うべきであろう。 [レビュアー]平野啓一郎(作家) 1975年、愛知県生まれ。京都大学法学部卒。1999年、大学在学中に文芸誌「新潮」に投稿した「日蝕」により芥川龍之介賞を受賞。著書に『日蝕・一月物語』、『文明の憂鬱』、『葬送』、『高瀬川』、『滴り落ちる時計たちの波紋』『あなたが、いなかった、あなた』、『決壊』(芸術選奨文部科学大臣新人賞)、『ドーン』(Bunkamuraドゥマゴ文学賞)、『かたちだけの愛』、『空白を満たしなさい』、『透明な迷宮』、『マチネの終わりに』(渡辺淳一文学賞)などがある。 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
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