国連が日本を「夫婦別姓はまだ進まないのか」と批判するのも当然か…元メーカー勤務の38歳男性が、妻の姓に変えて直面した「厳しい現実」
石澤さんが直面した「厳しい現実」
2021年6月、最高裁が選択的夫婦別姓を認めない現行民法を「合憲」と判断したのだ。違憲判決を期待していた石澤さん夫婦は落胆。このまま妻が旧姓を取り戻せない状態が続くと、夫婦関係の継続が危ぶまれる。石澤さん夫婦は翌月、書類上ではいったん離婚し、妻を戸籍筆頭者として再婚、妻の名字に改姓する決断をした。 妻の姓に切り替えた後「君は奥さんの尻に敷かれているね」、「めんどくさい嫁だな」、「妻氏婚とかレアなことをしていて、会社で仕事しづらくならない? 大丈夫?」と、会社や取引先、親戚、友人からさまざまな反応が寄せられた。 石澤さんは「いまだに日本社会では家父長制の考え方が根強く残っていて、『選択した姓の家に入る』という観念が、一部にはまだ存在していると体感した」と指摘する。 先の総裁選では、選択的夫婦別姓制度の導入は不要で、旧姓通称使用の拡大で十分と主張する候補が複数いた。実際、パスポートでは、姓の欄には戸籍名の後に、カッコ書きでの旧姓併記は可能だが、その運用は海外では認められていないのが実情だ。 海外在住の石澤さんは、ダブルネームとみなされ不審がられるため、併記の表示を取りやめた。併記があることによってかえって不利益が生じているわけで、選択的別姓制度が導入されれば、旧姓利用の弊害は解消されると指摘する。 選択的夫婦別姓制度を巡る議論において、「姓を変えるのがどうしても嫌な人」と「別姓制度の導入は、どうしても嫌で許せない人」の対立が存在する。前者は後者に必ずしも干渉するわけではない一方、後者は明らかに前者に干渉している。また、前者が姓を変えることになっても、基本的に他人に迷惑をかけることにはならない。しかしながら、後者は、そう言い切れるだろうか。選択的夫婦別姓制度を導入することは、同姓制度の否定には決してつながらないにもかかわらず。
姓をめぐる切実な状況
こうした現状を巡り、井田氏は「突き詰めると、『自分の妻が元の姓に戻るのが不安だ』ということが、潜在的な反対理由として一番多いのではないか。自分に自信がある人なら、そんなことは言わないし、こだわらない」と説明。「女性が法的無能力者だった時代はとっくに終わっている。(導入しないまま、日本が世界の中で)どんどん衰退していく国になっていいのか」と述べ、ジェンダー不平等の解消が一向に進まない現状に警鐘を鳴らす。 内閣府によれば、国内における事実婚の割合は成人人口の2~3%(推定)で、200万~300万人に上るとみられる。この中には、同一姓を求める法律婚を忌避するカップルも相当数いることだろう。 また、筆者は姓が変わるのが嫌で結婚を諦め、別れたカップルの実例を、最近耳にすることが増えてきた。このテーマに関心を抱き始めたがゆえに、友人・知人が教えてくれるようになったのかもしれないが、切実な状況が十分に伝わる。実に不毛な対立が続いている中、双方が歩み寄れる末に位置付けられるのが、まさに折衷案とも言える、「選択式」ではないだろうか。選びたい人だけが選べばいいだけの話であって、その人たちの道を切りひらくだけにすぎない。選びたくない人は、そのまま続ければいいのであって、強制ではないということを重ねて強調しておきたい。 結婚時の名字変更が女性に偏っている現状は、明らかにジェンダー平等に反すると言えるだろう。石澤さんは、これまで女性ばかりが強いられてきた「役割」を男性の自らが受け入れることによって、名字変更を余儀なくされる女性の立場を理解し、固定的な考えから自分を解放した。 そして、同姓を強いる世界唯一の国を出て海外で生活を始めたとたん、パスポートの旧姓並列表記に悩まされた。国内では通用したものの、国外では全く通用しなかった。いかに、支障が出ているか。遠い他人事ではなく、ほんの少しだけでも構わないので、自分事としてみて想像してみてほしい。
小西 一禎(ジャーナリスト)