世界の若者を苦しめる「完璧主義後遺症」...オードリー・タンは「ジグソーパズル」にたどり着いた
能力主義によって競争心が強まった80年代
1981年生まれのオードリーが育った時代は、まさに能力主義とエリート教育への信仰が広がり始めた時代と一致する。 『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』(早川書房)が全世界で注目を集め、当代一の有名哲学者となった、ハーバード大学政治哲学教授のマイケル・サンデルは、2020年のパンデミック期に書いた『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(早川書房)のなかで、エリート教育が現代社会にもたらす害悪を指摘している。 1980年代にハーバード大学で教え始めたとき、「ハーバード大学に合格できたのは自分が努力した結果であり、運は関係ない」と考える学生が増えていることに気づいたという。 こうした現象はアメリカだけで起きていたわけではなかった。その後、世界各地で講演した際にも、「成功は自分のおかげ」という意識が広がっていることを実感した。多くの人が「努力さえすれば成功できる、失敗の原因はすべて当人の努力不足にある」と考えていたのだ。能力主義によって競争心が強まった学生たちは、「成績ばかりを心配し、知的好奇心を失いそうになっていた」 学歴戦争の戦場で勝敗を競う者たちには、自分は何者かと思考したり、興味の対象への探求を深めたりしている暇はないのだ。
「完全主義」による後遺症
エリート教育には別の弊害もあるとサンデルは指摘する。それは、つねに試験によって選別され、厳しい闘いを強いられてきた学生たちの間に「完璧主義後遺症」が生じることだ。好成績を収めて自分の価値を高めようと努めるあまり、心を病んでしまう。この数十年、世界中で青少年のうつ病が増加の一途を辿っている原因がここにある。 オードリーが小学校でいじめを受けていたときに感じた現実も、まったく同じものだった。誰もが順位を競うばかりで、人生に対する好奇心を失っている。 「教育システムから離脱したばかりのころは、まだ競争心が残っていました」 退学してから大人になるまでの期間について、オードリーはこう振り返る。 当時は「マジック:ザ・ギャザリング」というカードゲームに熱中していた。このゲームで、台湾ランキング1位になったことで、台湾代表として日本での世界大会にも出場し、ベスト8に入っている。その後、こうして競い合うことにも嫌気がさし、ゲームはやめてしまった。 「大人になってから、何をするにも人と比べることはなくなりました。IQ160という数字も、人と比べるためのものではないのです」 自身が喜びを感じるのは、成功して他人に評価されたときではない。さまざまなコミュニティに参加して、仲間と共に一つのテーマを研究し、成果に貢献できた分だけ、自身には価値があると感じられる。そのことを、独学を通して少しずつ悟っていった。