対ウクライナ軍事支援停滞の裏に「トランプの影」 戦況を左右した共和党の反発
裏にあった「トランプ氏の意向」
米国の対ウクライナ支援予算による資金は2023年末に払底したと言われる。ロシアの攻勢拡大を懸念するバイデン政権は同年から、ウクライナに対する支援として614億ドル(9兆円規模)の追加予算を議会に要求してきた。この追加予算審議を事実上凍結してきたのが、米議会下院で多数派を占める共和党のマイク・ジョンソン下院議長だ。 ジョンソン議長は2023年、すったもんだの末に議長に選出されたのちも、その微妙な政治的立場から、つねにトランプ氏への配慮が見え隠れしていた。追加予算審議の先延ばしについて同議長は、建前上は「不法移民対策が最優先」としているが、共和党議員全員が支援に反対しているわけでは決してない。やはり裏にあるのはトランプ氏の意向だったのだろう。 米議会の民主・共和両党は2024年度予算の歳出総額に合意したものの、個別項目では審議が紛糾したため、対ウクライナ支援関連予算も後回しにされた。一方、2024年2月にはウクライナ側の弾薬不足・防空システムの脆弱性により、ロシア軍の大規模な反転攻撃などで東部の一部拠点からの撤退も続いている。 報道によれば、弾薬の数などの戦力についてウクライナ軍関係者は「ウクライナとロシアの比率は1対6だ。ときには1対10、もっと差が大きい時もある」と述べているそうだ(NHK、2024年4月24日)。 軍事戦術は筆者の専門ではないが、一般に戦場で勝利するには攻撃側は防御側の最低3倍の兵力・火力が必要と言われる。これでウクライナに「頑張れ」というのはあまりに酷な話ではないか。
トランプの「心変わり」
2024年4月23日、米連邦議会上院は、ウクライナやイスラエル、台湾への軍事支援を含む総額953億4000万ドル(約14兆7000億円)規模の予算案を79対18の超党派賛成多数で可決し、翌24日にはバイデン大統領が署名してようやく成立した。下院で一部「トランプ系」共和党議員が強く反発したため、成立が大幅に遅れたのである。 幸い下院の与野党議員は、一部共和党強硬の反発を回避するために協力したようだ。そのため彼らはウクライナだけではなく、イスラエルと台湾への支援もパッケージに入れた。さらには、西側銀行保有のロシア資産差し押さえ、ロシア、イラン、中国に対する新たな制裁措置、米国での「TikTok」事業売却要求などをちりばめ、なんとか合意に至ったのである。 一方、予算案成立の背景にはトランプ氏の「心変わり」が影響した可能性もある。トランプ氏は4月18日、「ウクライナの存続は米国にとって重要」とSNS上に投稿した。こうした動きの裏には、大統領選の激戦州でウクライナ支援のための武器弾薬が製造されるため、ウクライナ支援に反対し続けることが政治的に不利となる可能性を考慮したためとも言われる。 それでもトランプ氏は投稿のなかで、「なぜ欧州は支援を必要とする国を助けるため、米国から投入された資金に匹敵する額を提供できないのか?」「ウクライナの存続と強さは、我々より欧州にとってはるかに重要であるはずだが、我々にとっても重要だ!」とも述べており、依然として欧州諸国への不信感をにじませている。 この追加支援は、過去半年近く弾薬の不足・防空システムの脆弱性により劣勢だったウクライナ軍にとって、大きな朗報であろう。ゼレンスキー大統領も、「民主主義へ導く光として、自由な世界のリーダーとしてのアメリカの役割を強化するもの」だと評価した。しかし、筆者には一抹の不安が残る。この半年近い「空白期」のロスを挽回することは容易ではない。 ちなみに、この追加支援はインド太平洋地域にも大きな影響を与えた。中国政府報道官は米国による対台湾軍事支援を「一つの中国の原則に対する重大な違反」であり、台湾の「独立を支持する分離主義勢力に誤ったシグナルを送る」ことになるとコメントした。
宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)