対ウクライナ軍事支援停滞の裏に「トランプの影」 戦況を左右した共和党の反発
これまでトランプ系共和党議員による反対によって、米国の対ウクライナ支援予算案の成立は大幅に遅れていたが、2024年4月になってようやく予算案成立に至った。その背景には、トランプ氏の「心変わり」が影響していた可能性があるという。 本稿では書籍『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』より、国際情勢の複雑な構図を浮き彫りにする。 【書影】トランプ再来後の国際政治と日本が待ち受けるシナリオとは? 『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』 ※本稿は、宮家邦彦著『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)から一部を抜粋・編集したものです。
米「戦争研究所」が示す最悪のシナリオ
2020年にバイデン氏が大統領に当選し、米欧関係は一時の最悪状態を脱し、徐々に改善しつつあるように見える。しかし、いまは大統領でも連邦議会議員でもないトランプ氏だが、そのウクライナ嫌い、NATO嫌いは、現在もウクライナ戦争の戦況に死活的な悪影響を及ぼしていることを忘れてはならない。まずは、事実関係から見ていこう。 米国の首都ワシントンにISW(Institute for the Study of War)というシンクタンクがある。日本では米「戦争研究所」と呼ばれる、世界各地の戦争の分析が専門の研究機関だ。そのISWが2024年4月16日、ウクライナ戦争について気になる分析を公表した。「このままロシアの勝利を許せば、NATO、とくにバルト三国の防衛はほとんど不可能になる」というのだから、恐れ入る。同報告書の要旨は次のとおりだ。 • ウクライナへの追加軍事支援について、「米国の行動がどうであれ膠着状態は続く」と仮定することは誤りであり、現在戦況はロシア軍が優勢となっている。 •ウクライナ側の防空兵器や砲弾の不足により、ロシア軍は初めて、空からウクライナ防衛拠点への攻撃を強め、装甲車両の部隊などを大きな損失なく運用できるようになった。 •ウクライナが敗北すれば、現代戦争の経験が浅いNATO軍兵士は、戦いで鍛えられたロシア軍と対峙することになり、ロシアによるNATO加盟国への攻撃リスクは劇的に高まる。 •ウクライナへの軍事支援の遅れはロシアの勝利につながり、近い将来、NATO、とくにバルト三国の防衛はほとんど不可能となるだろう。 いまから思えば、きわめて真っ当かつ冷徹な分析なのだが、当時はかなり衝撃的だった。内容的には、2023年末あたりから多くの専門家が漠然と恐れていた最悪のシナリオの一つを、無慈悲なほど淡々と分析しているからだ。問題はなぜこのような事態が生起してしまったかだが、以下に述べるとおり、やはり最大の原因はトランプ氏の存在である。 ちなみに、ISWは2007年にキンバリー・ケーガン氏が設立した米国のシンクタンクだ。これまでにイラク戦争、シリア内戦、アフガニスタン紛争、ウクライナ戦争、ガザ戦争など、多様な紛争地帯での軍事作戦、敵の脅威、政治動向に焦点を当てた詳細な報告書を公表し、いまも毎日のように作成している。 ワシントンにあるISWを筆者が初めて訪れたのは2014年頃、親しい米議会スタッフに紹介されたのがきっかけだ。当時はイスラム国(IS)がシリアからイラクに領域を広げていた頃。当時のISWの日報は、どこから情報を集めてくるのか不思議なほど、詳細かつ豊富な事実関係を丁寧に分析しており、驚愕したことを覚えている。 所長のキンバリー女史は、今回紹介した分析を書いたフレデリック・ケーガン氏の令夫人でもあるが、その経歴は驚くべきもので、イラク戦争の頃からイラク駐留米軍で顧問を務めるなど、中東での戦争分析のプロの一人である。イデオロギー的には一昔前の「ネオコン」系タカ派だが、彼ら彼女らのウクライナ戦争分析日報はいまも日本の多くの軍事評論家が目を通しているはずだ。 そのフレデリック・ケーガン氏が注目するのは、「スバウキ回廊」と呼ばれるバルト三国と他のNATO加盟国との「接点」となるリトアニア・ポーランド国境だ。ここはロシアの飛び地・カリーニングラードやベラルーシとも接する戦略的要衝で、ウクライナが敗北すれば、ロシアのバルト三国付近に配置する部隊による軍事作戦が一層容易になるからだ。 ケーガン氏の主張は、「ウクライナを支援するコストは、ウクライナが敗北した際に欧米が直面する軍事的・経済的コストに比べはるかに少ない」のであり、「ロシアの勝利を阻止するため、2023年末から滞っている対ウクライナ軍事援助を早急に再開すべきだ」ということに尽きる。 逆に言えば、このような状況は、戦争長期化で戦時経済への移行を余儀なくされつつあるロシアにとっては朗報以外の何物でもない。プーチン大統領にとっては「ウクライナ支援に後ろ向きのトランプ氏」ほど頼りになる同志はいないからだ。それにしても、対ウクライナ追加予算はなぜかくも遅れたのだろうか。