映画『アイヌプリ』:この時代を“アイヌ式”に生きることとは? 福永壮志監督が初のドキュメンタリーで“肉迫”
伝統の継承、若者の本音
映画はそんな若者たちのありのままの姿をとらえ、アイヌとして生まれた心情の吐露を聞きながら、そのさらに下の世代への文化や芸能の継承へと焦点を絞り込んでいく。 基輝を連れて初めてのマレㇷ゚漁。命の恵みを巡って若い父と子が交わす会話にじっくりと耳を傾けてほしい。 基輝本人は父から息子へのバトンをどう考えているのか、揺らぐ思いもありそうだ。映画の中で語っていた進路についても、すでに心変わりしているらしい。取材では、基輝から「自分のインタビューのところだけカットできないの?」と驚きの発言が飛び出し、「今さら無理だよ!」と監督がタジタジになる場面もあった。 しかしその真意について、すかさず母がフォローする。 愛香 お気に入りのTシャツで映りたかったのに、商標の都合で無地のものに着替えさせられて、テンションがダダ下がりだったんだよね(笑)。 基輝 インタビューで「高専に行きたい」と言ったのも、あの時点では家から一番近かったから。でも白糠に高校ができたからそっちでもいい。朝はギリギリまでダラダラしていたいし。高卒よりは専門学校の方が給料も高くなるからいいなと思っていて。 福永 基輝はマレㇷ゚漁やシカ撃ちをしているシゲちゃんを見て「父ちゃん、かっこいい!」と言うけど、いざ「自分もやりたいか?」と聞くと、「やりたくない」「高専に行く」「給料がいいから」と答える。でも一方で、学校では率先してアイヌ文化を紹介する委員会をつくって委員長になったりもする。全部ひっくるめて彼なんですよ。 シゲ 基輝も思春期に入っていろんな考えが湧き出ているんですよね。白糠高校だとアイヌの行事に参加する場合は公休扱いになるとか、そういう話もしています。コロナ禍でしばらく撮影がなかった間に、自分の仕事を含めて状況が変わったところもあるけど、それはそれで別にいいかなと。 福永 映画を撮り終えてからも生活は続きます。長いスパンで撮っていれば、その間にいろんな変化があるのは当然のこと。アイヌの血を引く若い人が、みんなシゲちゃんと同じ考えを持っているわけでもありません。「アイヌの伝統文化を広める活動を頑張っている人がいます」みたいな映画にするつもりはなかった。シゲちゃんは、あくまで自分が好きなことをやっていて、それが結果的に大きなものにつながっているだけなんですよ。 シゲ 小さい頃から生活の中にアイヌの文化が当たり前にあり、そこで育つ過程で伝統的なサケ漁に触れる機会があっただけ。「アイヌ文化を継承しよう」と特別に意識したことはないんです。だからこそ、自分の子どもらにもそれを強制するようなことはしたくない。自然と興味を持って育ってくれれば、それが一番いいと思っています。 シゲにとって、映画の公開に不安がまったくないわけではない。 シゲ 白糠町にはアイヌが多いですが、いまだ根強い差別もあって、基輝の通う学校の中には、親からルーツを聞かされておらず、自分がアイヌだと知らない子もいます。基輝には、「アイヌであることを気にする人もいるし、気にしない人もいる。ただ、お前は気にする必要はないし、差別されるいわれもない。お父さんも堂々とするから、お前がもし誰かに何か言われたとしても、堂々としてればいい」と言っています。 とはいえ、ワクワクの方がはるかに大きいようだ。取材は10月末、東京国際映画祭での上映に合わせて天内家が上京した際に行われた。前日にはレッドカーペットを歩いたという。 シゲ 監督とは友達として付き合っていたつもりなんだけど、昨日の会場では「世界のタケシ・フクナガ」を見せつけられた感がありましたね(笑)。大勢の観客やマスコミの前で流ちょうに英語であいさつしていて、めちゃくちゃカッコよかった。おかげでこんな貴重な経験をさせてもらえているんだって、基輝と二人でオンカミをしたんです。 基輝 壮志あんちゃん、基輝、本当に斎藤工と会ったんだよね? 夢じゃないよね? 福永 大丈夫、ちゃんと写真も撮ってあるから(笑)。 (文中敬称略) 取材・文・撮影:渡邊 玲子