映画『アイヌプリ』:この時代を“アイヌ式”に生きることとは? 福永壮志監督が初のドキュメンタリーで“肉迫”
被写体に“肉迫”するカメラ
やがてカメラはシゲが暮らす家の中に入り、毛穴まで見えそうな距離感で天内家の日常を映し出していく。 シゲ カメラマンも録音技師も足音がしない靴下を履いて忍者みたいに気配を消して。気づいたら「お、いるんだ!」という感じでしたね。撮影が終わると、みんなで一緒にご飯を食べて。 カメラの前で天真らんまんそのものだったシゲの息子、基輝(もとき)も3年半の間に成長していく。 基輝 毎年、秋になると撮影隊が来るのが楽しかった。カメラがあってもいつも通り、ずっとふざけていられたから。 シゲの妻、愛香(あいか)も自然体で撮影を受け入れた。 愛香 「勝手に入っていいよ」と言ったら、本当にまだ寝ている時に入ってきて(笑)、いつの間にかカメラを回していたみたいです。完成した映画を観たら、寝ぼけまなこで朝ごはんを作っているところまで映っていてビックリしましたね。 そんな撮影のアプローチを福永監督はこう振り返る。 福永 ドキュメンタリーは初めてで、こんな風に入り込まないと撮れないと思いました。シゲちゃんのやっていることに魅力を感じて、損得勘定なしでありのままの姿を映像に収めたかった。アイヌに関する作品はまだまだ少なくて、それを作り続けることに意義を感じます。でもいくら自分が撮りたくても、相手が納得した上で協力してもらわないと無理ですよね。当然、嫌なことは撮らない、使う映像は確認してもらうと約束してから撮影に入りました。それでも、すぐに心を開いてくれたのは、天内家のみなさんの人柄だと思います。
命をいただく意識
別の日、シゲはシカ狩りに出かける。シカの鳴き声に似た鹿笛でおびき寄せる。 シゲ シカ撃ちの場面は、普通あんな見事に決まるとは限らないんです。自分の映像を見て、「すご腕ハンターみたいじゃん!」って(笑)。あの日もいろいろ条件がそろわなくて、あきらめて移動しようとした矢先に、パっと見たらシカがいた。食肉にするには頭か首を狙う必要があって、立ったままだとすごく難しいんですが、うまく眉間に命中しました。 シカは仕留めてすぐにナイフで腹を裂いて血抜きをし、その場で内臓を取り出す。サケの頭をたたく場面もそうだが、観客から拒否反応があることは承知の上で、モザイクをかけたりすることなくそのまま映し出す。 福永 シカの解体シーンに抵抗を感じた人もいました。でも、普段スーパーマーケットでお金を払って肉を買うだけだと、生き物を殺(あや)めた上で命をいただいているという意識が薄れがちになると思うんです。シゲちゃんもそういうスタンス。だからあのシーンは外せなかった。 シゲは一人でシカ肉を処理場へ運び、自ら巧みにナイフを操って皮をはぎ、肉を切り分けていく。映画にも登場するシカ肉・クマ肉の販売会社の社員として生計を立てているのだ。 シゲと一緒にマレㇷ゚漁をするいとこの子ども、隆太郎の職業は漁師。漁船に乗って、網で大量の魚を獲る。食べるのに必要なだけ獲るのがアイヌの精神だが、仕事は別と割り切っている。「普段からアイヌを意識していたら、仕事できないもん」という言葉が印象的だ。