【連載】会社員が自転車で南極点へ11 「明日、南極点だ」
【連載】会社員が自転車で南極点へ11 「明日、南極点だ」
深夜のテント。お互いに不満をぶつけあった僕とエリックは、お互い沈黙をし続けていた。長い長い時間が、重苦しい時間が、過ぎて行った。その沈黙を破るため、最初に口を開いたのは、エリックだった。
「お前、普段、奥さんにどうやって接しているんだ?」
「なあ、Yoshi。 冒険は、仕事とは違う。上下関係で決まるもんじゃない。命令すれば、それで言うとおりにしていていいもんでもない。お互いがフラットで、言いたい事を言いあわなければ、リスクが顕在化しないんだ」と話すエリック。そして「お前、普段、奥さんにどうやって接しているんだ? こんななのか?」と続けた。 僕は「まさか!」と答えた。そして「家内には、なんでも言っている。それは家内を信用しているからだよ」と話した。 すると、エリックは「ならば、俺を信用してくれ。なんでも言ってくれ。Yoshi、もし、お前が冒険をチームで成功させたいならば、俺達は夫婦のようである必要がある」と返してきた。 エリックの眼は、今までにないほど真剣に僕を正面から見据えていた。僕は、自分の思っている不満や疑問、そう言った事を全てエリックに言う事にした。エリックも、同じように、全てを僕に言う、そのように僕達は約束をした。
お互いが言いたい事を言いあえるように
深夜あの大喧嘩の後だから、僕達の距離はしばらくは埋まらなかった。しかし、徐々に日が経つにつれ、少しずつお互いが言いたい事を言いあえるようになった。 自転車が重いと思えば「荷物を持ってくれ」と言い、僕のペースが速すぎると「Yoshi、お前、焦りすぎだ」とエリックからストップがかかった。「テント設営がきついんだ」と言えば、エリックが代わりに設営を行った。水が足りなければ、エリックの水を分けてもらった。 5日目 89度42分まで、32キロを走行、6日目 89度53分まで、28キロを走行。僕達の快進撃が始まった。 「Yoshi、明日、南極点だ」 エリックが言ったのは、ちょうど、一日の走行が終わり、のんびりとテントでくつろいているときだった。水をつくるために火器を点けており、テントの中は、ぽかぽかと暖かだった。 「え?もう?」 思わず僕は聞き返した。ちょうど、お互いの息があって、前に進む事が楽しくなってきたところだった。テントの中の生活にも慣れ、エリックと楽しい会話もできていた。これからも、このペースで旅を続けて行ければ、と思っていた、そんな矢先だった。 思えばその通りだ。僕達が出発したのは、南極点の僅か120キロ手前。自転車で走れば1日、2日で到着できる。当初はそう考えていたのだった。 走行距離は120キロをとおに超えていた。もう、南極点が目の前にあっても、おかしくはない。有給休暇の日数制限があるとはいえ、今回の旅は、あまりにも短すぎた。