『虎に翼』脚本・吉田恵里香「本当に恵まれた現場だった」“自分の人生を自分で決めること”を描いた作品に
伊藤沙莉が主演を務める連続テレビ小説「虎に翼」(毎週月~土曜朝8:00-8:15ほか、NHK総合ほか※土曜は月~金曜の振り返り)。同作は、日本で初めての女性弁護士の一人で後に裁判官となった三淵嘉子をモデルにしたオリジナルストーリーだ。昭和の初め、女性に法律を教える日本で唯一の学校へ入学し法曹の世界に進んだ主人公・佐田(猪爪)寅子が出会った仲間たちと切磋琢磨しながら困難な時代に立ち向かい、道なき道を切り開く姿を描く。 【写真】「虎に翼」を紡いだ脚本家・吉田恵里香氏 「虎に翼」の物語も終盤を迎え、寅子たちも年齢を重ねていく。寅子の人生においてもさまざまな出会いと別れが描かれてきた。WEBザテレビジョンでは「虎に翼」執筆を終えたばかりの脚本家・吉田恵里香氏にインタビューを実施。「虎に翼」に向き合い続け、そして作品に込めてきた思いを語ってもらった。 ■もう1クールあっても良かったかなと思うくらいです(笑) ――「虎に翼」の脚本を脱稿された際のお気持ちをお聞かせください。 もう終わってしまうな、という気持ちがすごくあって。終わらないでほしいなという気持ちと、やっと最後まで書き切ったという気持ちの両方がありましたね。最後までずっと楽しく書けましたし、役者さん、スタッフさん含め本当に恵まれた現場だったので、すごく楽しく書けました。 やりきってすごく満足して出し切ったんですが、まだまだやれなかったことや、もっと深掘りできたなという気持ちもあるので、もう1クールあってもよかったかなと思うくらいです(笑)。 ――もう1クールあったとしたら、掘り下げたい、書きたいテーマなどは具体的にありますか? 登場人物一人一人の描ききれなかったエピソードがたくさんあって。よね(土居志央梨)の話もそうですし、轟(戸塚純貴)、優未(毎田暖乃/川床明日香)、航一(岡田将生)、涼子様(桜井ユキ)とか。“これ入れたかったな”という部分がありました。最終回も初めから見てくださっていた方にありがとうの気持ちを込めて、例えば“第1週で出てきたあの人はいま”のような部分を入れられたらなと考えていましたが、お話がぎゅうぎゅうだったので(笑)。でも最終回としての満足度もすごくありますし、最後までぎゅぎゅっと詰まったところが「虎に翼」らしいかなと思っています。 ■喜怒哀楽の表情筋が素晴らしかった ――寅子の口癖である「はて?」はどのように誕生したのかお聞かせください。 寅子が何か疑問を口に出すときの決まりというのか、“この子がいま、何か疑問に思ったんだな”、“おかしいと思ったんだな”と分かりやすく提示できる言葉がほしいなと思って考えたのが「はて?」でした。寅子も誰かを否定したり攻撃したくて使う言葉ではないですし、この作品のテーマでもある“思ったことを口に出していく”、“声に出していく”、それが出来る導入になればいいなと思いましたね。割と初めから悩まず、「はて?」だな、と自分の中でしっくりきたものがありました。 ――伊藤沙莉さんの演技をご覧になって脚本に反映されたことはありますか? 伊藤さんが寅子になってくれたらいいなというところから始まっているので、伊藤さんが演じてくださることが決まりすごくうれしかったです。やはりお芝居が素晴らしいですし、喋りの演技ももちろん、立っているだけでも感情が見えてくるような…喜怒哀楽の表情筋が素晴らしくて。伊藤さんならやってくれるだろう、と気持ちを込めて書いていた部分がずっとありました。 特に大人になってからの寅子の演技が本当にすごくいいなと。口調や喋り方は若々しいけれど、所作やまなざし、ほほ笑み方でその年齢を演じ分けていらっしゃるので素晴らしいなと感じています。 ――伊藤さんご本人との印象に残っていることはありますか? 現場にいつ行ってもにこにこしていて、伊藤さんの笑い声がしていて…今日も伊藤さん元気だなって思えて(笑)。一回もピリピリしていたりすることがなかったので、本当にすごい方だなと。私も元気をいただきましたし、周りを笑顔にさせてくれる才能のある人だなと思っています。たくさんのものを背負わせてしまった気持ちもあります。辛い想いもたくさんされたはずですが、それを表に出さずに笑顔で戦ってくれたんだと思います。 ――尾野真千子さんのナレーションもとても印象的です。吉田さんはどのように感じて書かれていらっしゃいましたか? ナレーションに尾野さんが決まってすごくうれしくて、語りの幅が広がったなと思いながら書きました。短いセンテンスで感情移入をしなきゃいけないのが語りなので、「スンッ」とか、「ムムッ」とか「はて?」みたいな短い言葉に尾野さんが込められる感情が素晴らしいなと思っていました。 「虎に翼」において語りは“いま怒っていいんだよ”、“こう思っていいんだよ”とナビゲートする役割も担っているので、尾野さんが「はて?」や、「おやおやおや」という短いセンテンスで視聴者の方をナビゲートしてくださってすごく楽になりましたし、作品として題材的に暗くなりがちなものが明るくポップなものになっているのは語りの力もとても大きいなと思っていますね。尾野さんへの信頼度のおかげで、不安感がなく書けたというのもありがたかったです。 ■当時から“いた人”をちゃんと書きたいと強く思っていました ――“LGBT”や“夫婦別姓”のことを作品で描こうと思った背景をお聞かせください。 もともとこの作品で人権や法律について描くということではあったので、自分の中では“挑戦”や“尖った”ということではありませんでした。憲法第十四条で“皆が平等である”ということが書かれている国ではあるものの、もちろん昔に比べたら良くなっていることはいっぱいあると思いますが、今もまだなかなか周知されていないことによって平等ではない扱いをしている人がいるということが事実だと思うんです。それら“平等ではない”ことが、今、令和の世で始まったのかというとそうではなく、トラちゃん(寅子)たちが生きている時代からあったことで、もっと言えばトラちゃんが生まれる前から存在したことが大半なんですよね。 意図的か無意識かは別として、大半の方々が当時見ないようにしてきたことをきちんと見せることに意味があるんじゃないかと。当時から“いた人”をちゃんと書きたい、という思いが強かったです。 ――視聴者の方にはどのように受け取ってほしいですか? “朝ドラ”という作品にいろいろなセクシュアルマイノリティーの方や、外国の方が出ることで何か思われたりする方もいるかと思うのですが、当時から現在まで、70年以上経った今も基本的に何も変わらない問題があるということに、“どうしてなのかな”と、思いを馳せていただけたらうれしいです。よく盛り込みすぎと言われますが、私的には今までが切り捨てられたり省かれたりしてきただけだと思っています。 ――この作品の大きな柱の一つに憲法第十四条があるかと思います。どのような思いがありますでしょうか? 三淵(嘉子)さんをモデルに描くとなった時に、日本国憲法を最初から最後まで初めて読んだんです。改めて読んで、一番心に響いたのが第十四条でした。きっとこれが公布されたら宝物のように感動するだろうなと当時の人々に思いを馳せましたし、いまの私たちにとっても大事なことだけれど本当に世の中で果たされているだろうかという気持ちが大きかったので。“第十四条だけでも覚えて帰ってください”というくらい、どんな題材を描いていても第十四条に戻ってきてしまうんですよね。生きていく上で、人らしく生きるために、本当にスタートラインにあることなんじゃないかと思っています。 ――第十四条を山田轟法律事務所の壁に書くアイデアは吉田さんが考えられたのでしょうか? 私は“紙に書く”って書いていたんです、“壁に貼ってある”って。なのでまさか壁に書くとは!って(笑)。でもよねなら書くかも、って思ったのですごく好きな演出だなと思いました。壁にずっと残っていることで象徴として使われていますし、すごく好きな演出であり、好きな美術ですね。 ■花江はもう一人の主人公です ――作品を通して、花江(森田望智)という存在もとても大きく感じます。花江に託した思いなどがあれば教えてください。 花江はこの作品のもう一人の主人公だと思っているんです。“朝ドラ”の中で何かを成し遂げた男性の妻がヒロインという構図があると思うんですが、それにもなり得る人だなと思っていました。花江の朝ドラがあってもおかしくないように、自分の中では書いたつもりでいます。花江は社会に出たい、働きたいという気持ちは一切なく、家庭に入って家族を支えて家族のために生きることに幸せを感じている人なんですよね。それは一貫して最初から最後までそうでした。 社会構造的にバリバリ働く人のためには誰かケアする人がいなきゃいけない構図にどうしてもなっていて、その改善策を私の中でもまだ見つけられていないんですが、間違いなくその人がいなかったらバリバリ働けないっていう構図になる。二人三脚になっていると思うんですが、言葉は良くないですが何となく支える側が世の中の人に二軍扱いされちゃうことがすごく腹が立つなと思っていて。 お互いに支え合って、どれだけ家庭を円満にするかということが大事であり、大変なことですよね。家庭のことだから家族みんなで支え合う必要がある。終盤での同居のことも含めて、花江を取り巻くさまざまな考えが見えてくるというふうにしたつもりです。 ――女性の社会進出を描くにあたり、仕事だけでなく家庭も含め、人間関係を多角的に描かれている印象がありました。描く際に意識されていたことはありますか? 今回、人権や“自分の人生を自分で決める”ということをテーマに書いてきました。でもそれはやはり寅子だけでは描き切れない部分が多かったので、女子部のみんなは最後まで出演させようと最初から決めていましたし、見てくださっている方にも女子部メンバーがとても愛される存在になったことはすごくうれしかったです。 描き方に関しては、自分自身が働いているので、働いている側に立ってしまうと視野が狭くなってしまうんです。その部分は気をつけていましたね。人が心からなりたいものになれたらいいなと思っていて、バリバリ働きたい人、程よく働きたい人、家庭に入って家族を支えたい人…“ここで自分を発揮する”ということを心から望んだところにいけることが本当の一番だと思っています。そうなるためにはどうしたらいいかと考えた時に、専業主婦の花江をはじめ、すべてのところから書かないとフェアじゃないなと思っていたのでそこは配分としてすごく気を付けました。 寅子だけが正しくはないし間違えるし。誰もが間違えてしまうところはありますし、美化しすぎないということはすべてのキャラクターに関して気を付けたかなと思います。 ――見ている方からすると、感情移入する人が誰かしらいるような気がしました。 そうですね、そうなったらとてもうれしくて。この人のこと嫌いだな、とかあってもいいなと思っているんです。誰かに寄り添うと、誰かの見えていなかった目線が見えてきたりするので、そういう体験を作れたらいいなと思って書いてきました。 ■想像以上なのは小橋です(笑) ――吉田さんが書かれた想像以上のキャラクターはいますか? 小橋(名村辰)がすごい愛されてるなと思いました(笑)。私もこんなに最後まで登場するのか、とは思ったんですが、現場でも役者さんの力もあり愛されていて。第10週から家裁での新メンバーを登場させるときに、新しい人じゃない方がいいなとは思っていたんですけど、そこで小橋と稲垣(松川尚瑠輝)をとなった時点で彼らが愛されていたということだと思うので。私も書きたいと思いましたし、そういう意味でも一番想像以上なのは小橋ですね(笑)。 また、轟も私はすごく好きなキャラクターではあるんですが、ここまで皆さんに愛されるとは思っていなかったので意外でした。轟はすごく難しいキャラクターとして最初から出てきて書いてきたので、彼がこんなにも愛されることになったのは戸塚さんの力ももちろんあり、本当にうれしいなと思っています。 ■このチームだからこそ真正面から取り組めました ――終盤の大きな山場である原爆裁判、それにつながる戦争中の描写についてはどのような思いがありましたか? 主人公のモデルである三淵さんが原爆裁判を担当されたということは、彼女の半生を調べた時から分かっていたので作品の中でも描きたいと思っていました。ですが、どこまでがっつりと扱うかということは、自分の中でも扱いきれるのか不安でもあって。それでも「虎に翼」のスタッフさん、役者さんへの信頼がすごくありましたし、このチームだったら真正面からやっていける、やりたいと思いました。 元々この作品では戦中描写は少なく、戦後をメインでやりたいと思っていて。第9週からはずっと戦後編と言えますし、戦争の“傷痕”を描いてきています。その一つの大きな山として原爆裁判を扱っていますが、真正面からしっかりと描くということは、書き始めてから覚悟が決まったという感じではありました。法律考証の先生方、演出の方に本当に色々なことを調べていただき、そして私自身も調べていく中で、“原爆投下という出来事”は知っているはずなのに、全然知らないことだらけで、自分でも思うことがある事柄だったので正面から取り組めて良かったと思っています。 ――社会での人権、仕事、そして家庭の問題。人の幸せを考えた時、それらすべてが切っても切り離せないものなのだと「虎に翼」を見ていて改めて感じます。吉田さんの思う“幸せ”とは何か、お聞かせください。 自分ではどうにかできないことが多いと思うんです。でも自分ではどうにもできないことがなくなっていくといいなと。少なくとも皆が、ある一定のスタートラインになったら幸せだなと思いますね。もちろん戦争も含めて、争いが一個一個しらみつぶしになっていけばいいと。そういう争いの種が一個でも消えたり和解したり…そういうものが見えることにすごく幸せを感じます。 ――最後に、“願いを口に出していく派”という吉田さんがいま思う、次なる夢はなんでしょうか。 また朝ドラやることです(笑)。朝ドラのオファーが早いうちに来ることが夢ですね!