650万年前の金星からの来訪者とは何者? 涼を求めて京都の魔界・鞍馬山へ
天狗と言えば、冒頭に出てきた「鞍馬天狗」というのは、大佛次郎の時代小説で、幕末に勤王の志士として活躍し、新選組と対決する剣士のことです。小説だけではなく映画にもなりましたので、鞍馬天狗と言うとこの物語を思い浮かべますが、本来は鞍馬山に住む大天狗のことを言います。牛若丸に剣術を教えたと言われているあの天狗です。天狗というのは強い神通力を持っていて、時に妖怪や神として、人々から畏怖の念を持って見られていた存在です。善玉・悪玉の両面を持っている実に不思議な存在と言えるでしょう。生前に優れた力を持った仏僧や修験者などが死後、天狗になるとも信じられていたのです。確かに鞍馬山を歩くといきなり天狗が出てきてもおかしくないという雰囲気を感じます。
また、鞍馬寺の尊天の三体のひとつ、毘沙門天ですが、元々このお寺は、鑑真の高弟であった鑑禎が宝亀元年(770年)に草庵を結び、毘沙門天を安置したのが始まりとされています。実はこの毘沙門天像、他のお寺にあるものとは少し変わった風貌を見せています。毘沙門天というのは古代インドの神様で、いわゆる「四天王」と呼ばれている内の多聞天が毘沙門天です。通常、毘沙門天像は右手に戟(げき)を持ち、左手に宝塔を捧げ持っているのですが、鞍馬寺の毘沙門天像は左手に宝塔は持っておらず、南を向いてその手を額に当てています。これは都に何か異変が起こっていないかを監視しているということなのでしょう。つまりここ、鞍馬寺の毘沙門天は都を守る役割を果たしているというわけです。
どこか空気が違う鞍馬山はパワースポットとしても注目
鞍馬寺に行ったり、鞍馬山を歩いたりしてみると、清冽な空気の中に霊気を感じます。私はあまり霊的なものを信じているわけではありませんし、仮にそういうものがあったとしても恐らくとても感じ方が鈍い方だと思います。そんな私でも霊気のようなものを感じるのですから、近年、パワースポットとして注目を集めているのも大きくうなずけると言っていいでしょう。実際、隣の谷にある貴船と並んでここ鞍馬は京都市内に比べるとかなり気温が低くなっています。冬などはかなり雪が降ることも多く、近くにある「くらま温泉」では雪を見ながら露天風呂に入れるという、ちょっと京都らしからぬ体験を味わうこともできます。 この時期、厳しい夏の暑さに疲れたら、ぜひ鞍馬を訪れることをお勧めします。しばし都の北にある魔界を訪ね、涼しい空気の中で650万年前に想いをはせながら霊気を全身で感じるという体験もなかなか得難いものではないでしょうか。 (経済コラムニスト・大江英樹)