思考の種を蒔き、偏見を打ち破る UKジャズ重要人物キャシー・キノシの音楽論
サックス奏者のキャシー・キノシ(Cassie Kinoshi)は現在のロンドンにおけるジャズシーンを体現するミュージシャンのひとりだ。カリブやアフリカにルーツを持ち、教育団体Tomorrow’s Warriorsで音楽を学び、その後、トリニティ・ラバン大学に進学。ヌバイア・ガルシアやジョー・アーモン・ジョーンズ、シーラ・モーリス・グレイらと活動を共にしながら、ロンドンのシーンで存在感を示してきた。 【画像を見る】ローリングストーン誌が選ぶ「歴代最高の500曲」 Tomorrow’s Warriorsの女性ミュージシャンのサポート・プログラムから生まれたネリヤ、シーラ・モーリス・グレイ率いるアフロビート・バンドのココロコといったグループでのキャシー・キノシの貢献度は計り知れない。なぜなら彼女はロンドンのシーンで活動する多くのミュージシャンとは異なる感性の作曲家だったからだ。例えば、ネリヤに提供した「EU (Emotionally Unavailable)」を聴けば、彼女の楽曲はいわゆるUKジャズの範疇では捉えきれないものだとわかるだろう。 その自身の作曲家としての在り方を全面で表現していたのがSEED Ensembleもしくはseed.という名義のプロジェクトだった。SEED Ensemble名義でのデビュー作『Driftglass』(2019年)ではハイブリッドなサウンドを10人編成のアンサンブルで表現し、その年のマーキュリー・プライズにもノミネートされた。 前作はJazz re:freshedからのリリースだったが、その後、マカヤ・マクレイヴンやジェフ・パーカーも所属するシカゴのInternational Anthemへと移籍。そして今年リリースしたのがCassie Kinoshi’s seed.名義での『gratitude』だ。エレクトロニクスやストリングスを導入し、前作とは大きく異なるサウンドを提示しているが、それは新たなチャレンジというよりは、むしろ彼女が本領を発揮した作品なのではないかと僕は感じていた。 先日、日本に旅行に来ていたInternational Anthemのマーケティング担当アレハンドロに「今度、キャシー・キノシの新作出すんですよね? 僕はそのうち、彼女のインタビューしたいと思っている」と伝えたら、「じゃ、今回やればいいんじゃない?」ということで彼に繋いでもらって実現したのがこのインタビューだ。キャシーの話にはUKジャズ云々というよりも、現在世界中のジャズ作曲家たちが考えているもっと大きな範囲にまたがるトピックが含まれていた。僕はそこにUKジャズの成熟を感じている。 * ―10代の頃によく聴いた音楽を教えてください。 キャシー:色々聴いていた。アメリカのジャズ、西アフリカ……特にナイジェリアのアフロ・ビート、あとは父が西欧のクラシック音楽がとても好きだったので、私も自然と聴いて育ったという感じ。大学に入って、エレクトロニック・ミュージックやインストゥルメンタル・ミュージックを聴くようになり、いわゆる現代音楽や実験的なサウンドにも興味を持った。 ―エレクトロニック・ミュージックは例えば誰とか? キャシー:大学に入る前からも少し聴き始めてて……Loscilとか、Max de Wardenerもとても好き。フライング・ロータスも大きいわね。 日本のリョージ・イケダも。 ―現代音楽では? キャシー:大学の作曲の授業で出会った(カイヤ・)サーリアホとか……20世紀のバルトークとかもよく聴いたし。クラシックとエレクトロニックを融合させたガブリエル・プロコフィエフとかも。 ―Tomorrow’s Warriorsではどんな経験をしましたか? キャシー:私はロンドン近郊の街の出身。ロンドンの学校に通うようになり、トランペット奏者マーク・カヴーマから「こういうセッションがあるからおいでよ」と誘われたことが、Tomorrow’s Warriorsを知るきっかけ。加えて、1年生の時に住んでた家に住んでた人たちの多くが、同じ大学に通い、Warriorsにも顔を出してた。ジョー・アーモン・ジョーンズは私の部屋の上に住んでたし、ルーベン・ジェイムスも近所だったし、当然、シーラ・モーリス・グレイもね。シーラとヌバイア(・ガルシア)と私はTomorrow’s Warriorsを通じて、同じバンドをやることになったわけだから、Warriorsが私の成長過程に欠かせない役を果たしてくれたことは間違いないと思う。 ―トリニティ・ラバンではどんなことを学んだんですか? キャシー:学んだのは作曲。トリニティはコンテンポラリー・アート・パフォーマンスの授業に力を入れている学校だった。あと、エレクトロニック・ミュージック。ジョン・ケージの研究にも熱心だった。私はジョン・ケージを通じて、ジュリアス・イーストマン(近年再評価が高まるクィアの黒人作曲家)などを知ることができた。先生の一人であるアンドリュー・ポピー(電子音楽やスポークンワーズを取り入れたイギリス人コンポーザー)には共感する部分が大きかった。オーケストレーションはアメリカ人作曲家のスティーヴン・モンタギューに師事したし、とても興味深い授業だった。 ―ジュリアス・イーストマンのことを大学の授業で知ったということですか? キャシー:ええ。私のとっていた授業はジョン・ケージの研究に熱心だった。そこで自分でリサーチをするうちに、同じような音楽的分類ということでジュリアス・イーストマンを知ったの。 ―進んでる大学ですね! 特に研究したサックス奏者がいたら教えてください。 キャシー:ジャッキー・マクリーンからはすごく影響を受けた。他にもスティーヴ・リーマン、ケニー・ギャレット、ミゲル・ゼノン……アルトサックス奏者が特に好きだったというのもあるけれど、彼らが自分自身で作曲もするところが好きだった。ジャッキー・マクリーンはどんな曲で吹いていても、すぐに彼だとわかるサウンドだった点が好き。彼の教育に対する姿勢も好きだし。プレイヤーやパフォーマーが各自のサウンドを探し、音楽を通じて素直に自己を表現することを彼が促し、支援していることがインタビューなどを見てもわかるし、彼自身がそれを実践していた。トロンボーン奏者のグレイシャン・モンカー3世と作ったアルバム(『Evolution』)がとても好き。すごくクールな音楽だと思う。 ―ジャッキー・マクリーンの教育に対する姿勢というのは、ブラック・コミュニティをサポートし、ブラックミュージック・ヒストリーを教えた……ということですよね。そこに感銘を受けたと。 キャシー:そう。私自身、ワークショップで教えたり、パフォーマンスをするのがとても好きなの。年下のアーティストたちのモチベーションをあげ、サポートすることが自分にとって、とても大切なことだと考えているから。 ―2番目にスティーヴ・リーマンの名前が出たのは珍しいかと思うのですが、どんなところが好きですか? キャシー:彼の場合も、聴けばすぐに彼のアルトだとわかるサウンドを持っているってところが好き。微分音を追求し、それを作品の中、サックスで見つけようとしている。フランスのオーケストラとのコラボレーションの新作(『Ex Machina』)は素晴らしかった。そこにはエレクトロニクスもあれば、ヒップホップ、ラップへの愛も感じられる。そういった様々なサウンドのミクスチャーもだけれど、同時にインプロヴァイザーとしてもすごい人だと思う。 ―ジャズでいうと誰の曲を研究しましたか? キャシー:デューク・エリントンの『Blues in Orbit』からの曲のハーモニーをトランスクライブして、ラージアンサンブルのホーンをどう用いたかを研究したりした。ギル・エヴァンスも。オーリン・エヴァンスも好き。あとはマリア・シュナイダーが大のお気に入り。彼女のやることは全て好き。本当に美しい音世界を作り出す人だと思う。 ―具体的にマリア・シュナイダーのどんなところから影響を受けたんでしょうか? キャシー:彼女が紡ぎ出す豊かで色彩豊かな音楽のタペストリーの上に、インプロヴァイザーは座って自由に演奏できる。たとえば『Concert in the Garden』でやったようにアコーディオンを入れてみたり、サウンドの追求もとても面白い。また、ビッグバンドを率いる女性の一人として、女性がラージアンサンブルを指揮し、作曲する姿を見るのはとても嬉しいし、すごく重要なことだと思ってる。2015年にロンドンで彼女と初めて会う機会があったのだけれど、若手アーティストの教育に実に前向きで、ラヴリーな人だった。私にとって、そこも重要なポイント。 ―マリア・シュナイダーやギル・エヴァンスはフランスの近現代クラシックからの影響もある人たちで、ジャズとクラシックの融合という点で、あなたも関心があるのかな思いますが、どうですか? キャシー:ええ、その通り。 ―では、クラシック音楽のコンポーザーで特に研究したのはどのあたりですか? キャシー:プロコフィエフが大好き……と言ってもガブリエル・プロコフィエフじゃなくて、オリジナル(セルゲイ・プロコフィエフ)の方(笑)。彼を含むロシアの作曲家の作品がとても好き。なので当然、ショスタコーヴィッチやストラヴィンスキーも。あと、タケミツ(武満徹)も大好きよ。クラシック・アンサンブルの作曲においては、旋律と美しい音のコンビネーションももちろん好きだけど、そこにぶつかり合うハーモニーがあるのが好きだから。タケミツはそれで有名だし、得意だと思うから。あとは……バルトークと……最近見つけた人で……デュティユー(アンリ・デュティユー:Henri Dutilleux)。 ―プロコフィエフの名前が出ましたが、どういうところがお好きですか? キャシー:彼の場合も、豊かな旋律とハーモニーのコンビネーション。そこに記憶に残るようなぶつかり合う印象的なハーモニーがある点。ロシアの音楽という枠の中で、彼はとても叙述的に物語を語るタイプだと思う。私はそこがとても好きなのだけど、当時彼の音楽はあまり好まれなかった。作品によっては攻めるものも多くて、自分の領域を押し広げていたの。新しいサウンドを試し、新しいことを試し、随所におもしろいリズムだけでなく、独自のフォークロアと呼べるものを織り交ぜていたことが聴くとわかる。そういうところが好きなんだと思う。同時に、ラヴェル、ドビュッシーといった、ただただ美しい色彩を持つフランスの作曲家たちも好き。 ―プロコフィエフとかストラヴィンスキーって、ジャズ・ミュージシャンがシンパシーを感じる作曲家ですよね? キャシー:そうだと思う。というか、彼らの作品にもジャズが取り入れられていると思う。特にストラヴィンスキーはクラシックにジャズを融合している。だからじゃないかな?