思考の種を蒔き、偏見を打ち破る UKジャズ重要人物キャシー・キノシの音楽論
ルーツと向き合いながら偏見を打ち破る
―実は気になっていたことがあって。他のインタビューではサミュエル・コールリッジ・テイラーについて言及していましたよね。彼のどんなところに惹かれますか? キャシー:アフリカのルーツとヨーロッパのクラシック音楽をブレンドをしている点。それに彼は唯一と呼べるほどの、イギリス人ブラック・コンポーザーの手本の一人。だから自分と似た見た目の、似たバックグラウンドを持ち、ヨーロッパのクラシック音楽の世界で仕事をしているがいること、それが政治的に何を意味するのか……作曲を学ぶ人間として、私にとって重要なことだったから。 ―サミュエル・コールリッジ・テイラーって、イギリスでは一般的に知られているのでしょうか? キャシー:いいえ。だからこそ、私にとっては彼が重要。知られるようになったのはごく最近。彼の作品を支持するミュージシャンたちが増えてきたおかげだと思う。 ―アフリカ系アメリカ人だとウィリアム・グラント・スティル、フローレンス・プライスのようなクラシック音楽の作曲家もいます。彼らにも関心がありますか? キャシー:ええ。特にフローレンス・プライスには興味がある。でも、サミュエル・コールリッジ・テイラーは私の同じイギリス人だったので、ルーツの観点からより関心があった。それでもアフリカ系アメリカ人の作曲家たちも、クラフトという意味ではとても重要だった。 ―フローレンス・プライスはアメリカ出身者で初のアフリカ系女性の作曲家ですよね。どんなところに興味があるのですか? キャシー:いかに彼女の音楽が見過ごされてきたか、という点。人種を理由にこれまでずっと軽視されてきて、つい最近まで私たちは彼女のことを知らなかった。だから今ようやく彼女が支持され、それに値する評価を受けていることは、とても興味深い。でも私自身、まだ彼女の音楽について知らないことが多いから。 ―僕はアフリカ系のクラシック作曲家がいるというイメージをずっと持っていませんでした。クラシックなら白人、ジャズはアフリカ系という偏見を持っていたんだと思います。でも色々と調べていくなかで、今お話してもらった作曲家たちの存在を知ったんです。そこから彼らのことを調べるようになり、メトロポリタン・オペラで(黒人作曲家である)テレンス・ブランチャードのオペラが上演されることを知りました。『gratitude』を聴いて、あなたは世の中にあるそういったイメージ、レッテル、既成概念と戦っていたり、打ち破ろうとしてきたのかもしれないと思ったのですが、いかがですか? キャシー:素晴らしい質問! ええ、その通り。あなたが言った通り、偏見というのは今もあるわけで、特定の人は特定の音楽のジャンル(箱)の中に入れられている。実際には、世界ではあらゆる物が融合し、異なる音世界を探求してる人たちが大勢いるのだとしてもね。だって、ウィントン・マルサリスでさえ、彼はクラシック音楽を演奏するわけでしょう? 最近もウィントンは新しいヴァイオリン協奏曲を書いた。そうやって常にあらゆる異なる音楽の間のクロスオーバーは行われてきた。そして私も間違いなく、そういった偏見を何度も経験してきた。でも誰だって、自分が楽しめるのならどんな音楽を書いてもいいし、世界中の様々な音の世界と共鳴していいはず。そのことを私は示したいと思ってる。 ―以前、あるアーティストにインタビューした時、「世界中の人がアフリカのことをロマンチックに語りすぎる。でもアフリカ人も日本人のことをロマンチックに語るから、みんなそうなんだよね」という話をしていたのが記憶に残ってるんです。あなたはアフリカにルーツを持つイギリス人です。周りからアフリカ/カリブ系イギリス人のイメージに沿った音楽をやることを期待されたかもしれない中で、すごく自由にイメージやレッテルやジャンルを乗り越えてやっているように思えます。 キャシー:ええ、間違いなくそういった先入観は存在する。私のルーツはカリブとアフリカにある。だからヘリテージということであれば、その両方の地域を受け継いでいることになる。そうすると、そういうバックグラウンドを持つ人間特有の曲の書き方、交わり合い方、音楽の使い方はこういうものだと勝手に期待されてしまうことがある。でも私が曲を書く時にやりたいことは……もちろん、カリビアンのリズムとか西アフリカのリズムといった私自身の伝統も所々にフィーチャーするけど、それだけでなく、それ以外の自分が興味を持つ音楽にもこちらから飛び込んで行って、取り入れている。それは一人のアーティストとして、他人の期待に応える音楽を作るのではなく、本当に自分が作りたい音楽をオーセンティックに作ることで、自分自身を確かめたいから、でもあると思ってる。
Mitsutaka Nagira