思考の種を蒔き、偏見を打ち破る UKジャズ重要人物キャシー・キノシの音楽論
言葉のない音楽で思考の種を蒔く
―Seed Ensembleはどんな音楽性を目指したグループなのか聞かせてください。 キャシー:コミュニケートとコネクト……かな。あくまでも私の個人的なプロジェクト。自分の心の奥深いところにある考えや感情、政治的スタンスを表現し、観客やミュージシャン仲間と繋がり、共有するための場かな。 ―「SEED Ensemble」と「Seed」という二つの表記を使い分けてきましたよね。 キャシー:改名して、今はただのseed.にしてる(全部小文字、最後にピリオドが正式)。「Ensemble」という言葉がフォーマルすぎるように、その時は思えたから。同時にseedと全部小文字にしたかった。そうすることで、バンドというより、私たちが共有したいメッセージがより重要なのだというのが伝わると思ったから。 ―「seed」という言葉に何か意味を込めたのですか? キャシー:ええ、このバンドにとって重要なことは、メッセージとコミュニケーション。意識の種を蒔いて、それが成長し、花が咲き、別の何かになるという考えがいいなと思った。つまりは、思考の種を蒔く……人々の心に色々な考えの種を蒔くということ。 ―あなた自身の深い部分と観客たちとのコミュニケーションを、どうやって実現しよう取り組んでいますか? キャシー:作品のテーマによっても違ってくるかな。たとえば、最初の作品『Driftglass』では、私が感じるイギリスの政治状況についての考えがたくさん詰まっていた。聴いた人が共感してくれるかどうかは別として、私自身が感じたことを人々と共有しようとした。それに比べて『gratitude』は、個人的な作品ではあるという点では一緒だけど少し違う。私の精神状態やメンタルヘルスについて知ってもらい、それを共有することで、聴いてくれた人が自分なりに共感し、メッセージを受け取ってくれたらいいなと思っている。 ―デビュー作『Driftglass』の音楽面でのコンセプトは? キャシー:SFやアフロフューチャリズム的なもの。つまり、新しい未来の形を想像すること。例えばサミュエル・R・ディレイニーとかオクテイヴィア・バトラーが描く世界のような、単なるアフリカ的なものだけでなく、ディアスポラや他の文化のブラックネスも含んだもの。イギリス文化の中には、私たちがより団結したコミュニティであるための弊害となることがあることを、人々にもっと知ってもらい、風穴を開けたい。そして新しい未来を想像し、そこに到達するためにどんな手段をとればいいのかを想像する、というのもコンセプト。 ―『Driftglass』の政治的なコンセプトを言葉ではなく、音楽のどんな要素を使って表現しようとしたのでしょう? キャシー:つまりは、音を通して感情を解釈すること。それで意味が通じるのであれば……前にもある人と話したことがあるのだけど、音というのはとても個人的なもので、その人が育った文化によって異なるもの。文化が違えば意味するものも違ってくる。たとえば「W A K E (for Grenfell)」という曲でぶつかり合うハーモニーを多く用いたのは、あの出来事(※)に対して私が感じた怒りや心の傷を表現するため。あえて過剰なくらい、大げさな大音量の演奏を用いたのはそういうことだったの。なので、曲によって色々違ってくると思う。 ※2017年6月にロンドン、ノース・ケンジントンの公営住宅で72人が死亡する火災(管理不備から起きた人災だと言われた)のこと ―最新作『gratitude』のコンセプトについても聞かせてください。 キャシー:ヨーロッパのクラシック音楽と、エレクトロニクス、ジャズ、即興音楽を融合させるというのがコンセプトだった。どれも私が作曲する上で大好きな世界。それらすべてを一つにして提示することが、作曲家としての私が取るべき次のステップであり、次のレベルなのだと思っている。 ―管楽器だけでなく、弦楽器を効果的に使ったサウンドが印象的です。 キャシー:一つ気をつけたことがあって、私はオーケストラや弦楽四重奏のために作曲することが大好きなのだけど、それらをジャズを融合する上で、何も考えず、ただストリングスを上に貼り付けるようなことはしたくなかった。アンサンブルが作り出す音世界の中心にストリングスがあるような、そういうものにしたかったから。 ―管楽器と弦楽器の響きと、エレクトリックギターのエフェクトやターンテーブルが自然に溶け合ったサウンドが素晴らしいですが、どんなことを意図しましたか? キャシー:生楽器とターンテーブルの差がほとんどわからなくなるくらいに、幽玄で、まるで生演奏と呼べるほどのエレクトロニックなサウンドを作りあげようとした。それらが融合することで、実際にはシンセサイザーを使っていないのに、生演奏のシンセのようなサウンドが生まれた。ターンテーブラーのNikNakはロンドン・コンテンポラリー・オーケストラと録音したものをターンテーブルでかけながら、実際の生楽器とブレンドする、というようなことをしている。 ―今回のアルバムって、オーケストラとエレクトロニックなもののミックスや録音にすごくこだわったんじゃないのですか? キャシー:実は驚くことにそうでもなかった!(笑)とっても短いレコーディングだった。1日とかそんなもの。使ったのも手持ちの機材だけ。録ったものをNikNakが持ち帰り、サンプリングし、信じられないようなマニピュレーションを施してくれた。だからあっという間だった。 ―先ほど最新作はメンタルヘルス、セルフケアといったことがテーマにあると仰ってましたよね。そういった複雑な感情を表現するための抽象的な色合いや質感のサウンドを作るために、どんなことを意識したのでしょう? キャシー:今回、1曲を除いて、曲にタイトルをつけなかったのもそれが理由。つまり、アルバムを通じてメンタルヘルスという包括的なコンセプトがあることを、聴いた人は誰もが理解するわけよね? でも同時に、リスナー自身の個人的なメンタルヘルス体験と結びつけて、自分なりの解釈を加えられるように、曖昧性を保っておきたかった。作曲をしていた間、私にはいろんなことが起きていて、とてもつらい精神状態だった。だから曲を書くことが私にとっても大きなカタルシスだったし、自分にとっての喜びをもたらすものを見つけ、自分自身と再び繋がり、自分を取り戻すことができた。(作曲は)まさに癒しのプロセス。そうやって書けたのが今回のアルバムだった。でも、私が感じていること以上に、誰もがその音の世界に身を置いて必要なものを受け取れるような、そんな余白を残すことを心がけた。 ―メンタルヘルスというテーマだと、ヒーリング系の心地よさを追求するケースもありますが、あなたは自分の内面を告白し、複雑な感情を表現するようなサウンドを作りあげている。しかも、前作では言葉が多用されていたけど、今回は内省的なものを言葉を使わずに表現している。 キャシー:言葉を用いない音楽で人と繋がれることに、私はすごく興味がある。それは私にとって最も大きな興味の一つだと言っていいと思う。 ―イントゥルメンタルの音楽ができることの可能性を信じている、ということですか? キャシー:その通り。言葉がないことで、他人の解釈だけではない、聴く人それぞれの内面を音楽に投影することができるようになると思う。より個人的な方法で人と音楽が繋がるための余白が残される、ということ。