「安楽死したい」と患者 がん治療医が伝えたい緩和ケアへの〝誤解〟 抗がん剤と並行、仕事と楽しみも両立
医療者にも“誤解”、人生と両立
――「治療にまい進したい」と思って、かえって余命を縮めてしまうことがあるのは、なぜですか? まず、抗がん剤にはやめ時があります。がん細胞は変異を繰り返すので、抗がん剤はだんだん効かなくなってきます。もっとも効果の高いもの(ファーストライン)から使用し、替えていき、現在はフォースラインくらいが限界です。 「奇跡を信じて、どんなにつらくても最後の最後まで、抗がん剤を続けたい」という切実な希望を持つ患者さんもおられるのですが、それは決して適切ではありません。ある時点で、抗がん剤は止めるべきです。 それ以降は、抗がん剤によって体に負担をかけることをせず、痛みや苦しみを緩和しながら生活することで、長生きできる可能性がある。それだけでなく、生活を犠牲にしてでも、という姿勢が、その人にとって本当に幸せか、という視点もあります。 例えば、私の患者さんで、数カ月後に趣味の楽器演奏の発表会がある、という方がいました。「先生、抗がん剤治療をしたいから、発表会には出られませんよね」とおっしゃる。私は「そんなことありませんよ」と伝えました。 その方には、抗がん剤治療の量や日程を調整し、緩和ケアを併行しながら、がんの状態をコントロールして、発表会に出てもらいました。 その方はその後、非常にうれしそうに「諦めないでよかった」とおっしゃっていました。また、再発転移がんと診断されてから、「世界中の国を訪れたい」という夢を持ち、抗がん剤治療を受けながら、毎週末のように海外旅行に出かける患者さんもおられます。 ――抗がん剤のような積極的治療と緩和ケアを組み合わせたり、仕事や楽しみを続けながら治療をしたり、といったこともできるのですね。 あまり知られていないことですが、現在の抗がん剤治療の9割以上は、外来で通院しながらできます。積極的な治療を続けながら、仕事や楽しみを続けることは十分に可能です。こんなふうに、がんについては、それ自体も治療も、まだまだ知られていないことがたくさんあるんです。 「食事が楽しみ」と言われる方も多いですよね。実は、がんに対して有効な食事療法はないにもかかわらず、ネットの「食事療法でがんが治る」などの根拠のない情報を信じて、修行僧のような食事療法を一生懸命続けられる方が非常に多いです。 そのような方に「おいしいものや好きなものを何でも食べてよいのですよ」とお話したら、「がんになり、好きなものを食べることを止めて、食事療法していますが、何の楽しみもなくなりました」「そのように言っていただいて、大変うれしい」と、大げさでなく涙を流しながら言っていました。 医療者にも、緩和ケアは「できる治療がない」場合に、というイメージを持つ人が、未だにいます。また、「緩和ケアとは痛み・苦痛を取るものであり、痛み・苦痛がなければ緩和ケアを受ける必要がない」という誤解もあります。 早期の緩和ケアとは、患者さん自身の生活の質を高めること、楽しく人生を生きられるようにすることだと思います。よりよい人生、豊かで楽しい生活ができるようにすること、それが第一目標です。 抗がん剤は、患者さんの生活の質を高めるための補助手段であり、単なる延命効果だけで、生活の質が低下するような治療なら、やらないほうがよいと思います。 緩和ケアを受けたいときは、全国にあるがん診療連携拠点病院では緩和ケアに対応できる機能が整えられているので、まずは担当の医師や看護師、がん相談支援センターなどに相談していただければと思います。