「安楽死したい」と患者 がん治療医が伝えたい緩和ケアへの〝誤解〟 抗がん剤と並行、仕事と楽しみも両立
海外での安楽死の事例がニュースになると、患者さんからも「安楽死したい」という要望が出ると、主に抗がん剤でがんの治療にあたる日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授の勝俣範之さんは話します。しかし、そこには誤解があり、「極端な選択肢を考える前に、できることがたくさんある」と勝俣さん。がん治療の現場から見た、その別の方法である「緩和ケア」の重要性について、勝俣さんに話を聞きました。(朝日新聞デジタル企画報道部・朽木誠一郎) 【アンケート結果】安楽死問題に関心ありますか? 「家族や大切な人が…」回答は
「安楽死したい」患者に言われ…
――欧米諸国で「安楽死」の合法化が広がっています。朝日新聞のアンケート調査(※1)でも、安楽死問題に「関心がある」と回答した人が69%に上りました。がんの治療医としてどう思われますか? ※1. 安楽死問題に関心ありますか? - 朝日新聞デジタル https://digital.asahi.com/articles/DA3S16066929.html 誰しも「死ぬときは楽に亡くなりたい」と思うのは当然のことです。ただ、安楽死の問題については、まだ知られていないこと、多くの誤解もあると思います。 自分の患者さんと話をしていて、「末期がんになるとつらいんですよね」「つらいなら安楽死したいです」と言われました。安楽死の話題がニュースになると、多くの患者さんが「安楽死ができる国に行きたい」と話します。 がんが進行すると痛みや苦しみを伴う場合があり、また、治療には副作用もあるので、その気持ちは非常に切実です。では、日本では法的に安楽死が認められていないので、苦しんで亡くなるしかなく、海外に行かないと楽に死ねないのかというと、必ずしもそうではありません。 日本でも、進行がん、末期がんになっても、苦しくなく過ごすことができる方法があります。それが「緩和ケア」です。緩和ケアは、まだ日本で十分に理解され、一般に浸透しているとは思いません。緩和ケアは、痛みや苦しみを緩和し、患者さんの生活の質(QOL)を高めることを目標とする治療です。「できる治療がもうない人がする」「何もしないで死を待つばかりなのが緩和ケア」というイメージがありますが、それは間違いです。 もっとも効果が期待できて、保険適応の「標準治療」には「手術」「放射線治療」「薬物療法」があります。緩和ケアには、がんに対する治療効果がないので、従来は、治療ではないと考えられてきました。 緩和ケアに治療効果がある可能性が世界的に注目されたのが、2010年に権威のある医学雑誌の一つ『The New England Journal of Medicine』で発表された論文(※2)です。この論文では、緩和ケアによる延命効果が示唆されたのです。 ※2. Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer - N Engl J Med. 2010 Aug 19;363(8):733-42. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20818875/ 手術が難しい進行肺がん患者さんを「抗がん剤治療のみを行うグループ」と「抗がん剤に加えて月1回の緩和ケアチームの外来受診を行うグループ」にランダムに割り振り、結果を比較しました。すると、早期緩和ケアを受けていた患者さんは生活の質が高く、うつ症状も少なく、生存期間が2.7カ月も延長しました。また、早期緩和ケアを受けた患者さんは、抗がん剤を使う日数が少なかったことがわかりました。 直接的に延命ができるわけではありませんが、早期緩和ケアを受けた患者さんは、過剰な抗がん剤をやらないことで、患者さんの生活の質が向上し、それが生存期間に影響を与え得た、ということです。 「がんに打ち勝つ」といった言葉には、弊害もあります。「がんと闘おう」とすると、「生活を犠牲にしても治療にまい進したい」と思って、かえって余命を縮めてしまうことがあります。 それよりも、痛みや苦しみを緩和しながら「働き続ける」「自分の楽しみを大切にする」など自分らしい生活をする方が、長生きできる可能性があるのです。 がんになっても、苦しくなく、自分の楽しみを最期までまっとうできる方法があるのなら、それはすばらしいことだと思います。だからこそ、緩和ケアについてしっかり知ってほしいと思いますし、適切な緩和ケアを受けてほしいと思っています。