2億年前、蝶は地上を舞っていた?独で世界最古の化石発見、その新証拠とは?
現生の蝶の体をあらためて見てみよう。下の三つの写真から分かるように、一つの見栄えのする羽(=左の写真)は、実に多数の筋状、板状、柱状などの構造物によって構成されているのが分かる(=中央の写真)。そして顕微鏡サイズまで近づいてみると、その体の表面に魚の鱗(うろこ)のような独特の模様があることが確認できる。
この表面に覆いかぶさっているものが、先に紹介した鱗粉だ。小さいころ蝶や蛾を指先でつまんだことのある方なら、覚えているかもしれない。細かな粉のようなものがぽろぽろこぼれるように指先にくっついたはずだ。これが鱗粉だ。 この鱗粉はいうまでもなくチョウ目全ての種にとって非常に重要だ。(なくなると飛ぶことに支障をきたすので、この記事を機会に興味半分にいたずらなどしないようお願いする。) 大まかな鱗粉の役割として(1)羽や体の色彩模様、(2)耐水性、(3)体温調整、そして(4)オスメス識別用のにおい等のコントロールがあるそうだ。 (こちらのサイトに日本語の詳しい説明あり。) ちなみに魚偏(さかなへん)の「鱗」という字が使われているが、解剖学上そして進化上、魚のものとはまるで別物だ。蛸の足と人間の手のごとく何の関係もない。ただの言葉のあやでしかない。 それにしても現生の蝶の羽を改めて、顕微鏡を通してみると新たなイメージが鮮烈に浮かびあがってくる。まさに「目から鱗」というより「目から鱗粉」だ。そして今回とりあげている研究で明らかなように、ミクロの世界は現生種だけでなく、化石種にとっても非常に重要な鍵となることがある。
チョウ目の起源と三畳紀末大絶滅
三畳紀末からジュラ紀のはじまりである、2億100万年前。これだけ古い時代の地層から、鱗粉のような微細なものが、化石として保存されているとはまさに驚きでしかない。 そしてこれだけ小さな化石さえも見逃さない研究者の「目」に私は脱帽だ。素直に敬意さえ覚える。 ちなみに今回の研究論文が発表されるまで、最古のチョウ目の記録は約1.9億年前の「ジュラ紀前期」のアーケオレピス(Archaeolepis mane)とされていた。この種は同じように鱗粉の化石にもとづき記載されている。しかしジュラ紀の地層において、チョウ目の化石は非常に少ない。今のところわずか2、3のケースが知られているだけだ。白亜紀に入るとかなり化石の数が増えてくる傾向がある。ただ蝶や蛾が今日見られるような多様性を手に入れたのは、恐竜が絶滅した後で新生代前半に入ってからのことだ。 初期の恐竜達が登場した中生代前期のチョウ目化石記録。この事実を前に私の好奇心の虫が再び顔をのぞかせる。 蝶や蛾の進化上の起源は具体的にどのようなものだったのだろうか? 毛虫のような種があるきっかけで、鱗粉を備えた飛行用の羽を突然手に入れたのだろうか? 何か具体的な「太古環境の激変」が、その鍵となった可能性はなかっただろうか? まず「約2億年前」という年代を耳にして私が一番驚いたのは、「花の出現」よりはるか前にチョウ目が「すでに出現していた」という事実だ。植物化石の記録によれば、花はジュラ紀後期から白亜紀前期に登場したと、今のところ広く考えられている。ということはチョウ目の種は、その登場後の1億年近くにわたる非常に長い地質年代の間、花植物なしで生き続けてきたことになる。 ちなみに現在の蝶や蛾の成虫は、基本的に水分に含まれた栄養分を吸うことで胃袋を満たしている。糞などから栄養を補給するケースもよく見られる。一方、毛虫などに代表される幼虫は、葉など植物のさまざまな部分を直接食べて成長する。さなぎが羽化して「変態」をおこし、はじめて羽を備えた成体になるわけだ。この時、食生活もがらりと大きく変わることになる。(この変態という視点を通してもチョウ目の起源と初期進化の謎はさらに興味深くなるはずだ。) そして、もう一つ興味深い点がある。古生物学や生物進化に興味のある方なら、「約2億年前」という今回更新された最古のチョウ目の出現年代を耳にして、一つの重要な事実に思いあたるかもしれない。三畳紀とジュラ紀の境目では、生物史上、五本の指に入る生物種の「大絶滅」が起きたことが知られている。この五大絶滅には、恐竜が消え失せた白亜紀末大絶滅や、海生生物の96%の種が消失したと推定されるペルム紀後期の大絶滅などが含まれる。 三畳紀末の大絶滅において、特に陸生大型脊椎動物が多数被害にあった。この中には恐竜と近縁関係にある爬虫類の仲間(植竜類Phytosauria、ラウスキア類Rauisuchia、鷲竜類Aetosauria等)や初期の大型両生類のグループ(分椎目temnospondyls)、最初期の哺乳類の遠い親戚にあたるキノドン類(Cynodontia:特に初期の大型肉食性のグループ)が含まれる。 そして陸生植物の仲間も同時にダメージを被ったことが知られている。特に古生代後半に世界各地で大繁栄を遂げていた「シダ種子類(Pteridospermatophyta)」は、ほとんどの種が絶滅した。(注:現生のシダ類は種を持たずまるで別の植物グループに分類される)。植物相の激変は昆虫のライフスタイルに直接大きな変化を与えた可能性が高いだろう。 さて三畳紀末に大絶滅は、何が原因で起こったのだろうか? まだはっきりしたことはわかっていないが、いくつか有力とされる仮説が出されている。 まずこの時期は、以前紹介した「超大陸パンゲア」が分裂をはじめた頃だ。南北アメリカ大陸、アフリカ大陸、南極大陸などが分裂し、大西洋も誕生した。それに伴い何か陸地環境に大きな変化が起きたのは想像に難くない。山脈が新たに誕生し、海流の新たな動きが「寒冷化」などグローバルな気候の変化を引き起こしたはずだ。その他の三畳紀末大絶滅の原因として、火山の大規模な噴火、隕石の衝突(フランス?)等も仮説として挙げられている。 蝶や蛾の先祖は大絶滅が起きた直後、何かこうした環境の大変化によって開かれたスペースを巧みに利用して、後の繁栄の礎(いしずえ)としたのだろう。 ちなみに今回の研究チームは、かなり乾燥化が進んでいた環境で、チョウ目の祖先が出現したという仮説を唱えている。近い将来、この新しい仮説に関するさまざまな研究が行われることだろう。 まさに“目から鱗”と共に鱗粉がこぼれ落ちそうな、深遠なる蝶の祖先からのメッセージだ。