じつは「突然、異形の生物が生まれる」ことではない…誰にでも起こっている「突然変異」という現象の「衝撃の実像」
最初に発見されたDNAポリメラーゼ
先の記事でも触れたように、僕は大学院生時代、DNAポリメラーゼの研究をしていた。僕が研究していたのは、真核生物のDNAポリメラーゼのうち、「DNAポリメラーゼ(アルファ)」という酵素だった。 DNAポリメラーゼは、1960年にフレデリック・ボラム(1927~2023年)という研究者によって真核生物で最初に発見されたDNAポリメラーゼであったがために、ギリシャ文字の最初の文字である「」がその名につけられた。 その発見以来、「仔牛胸腺(きょうせん)」というウシの臓器から精製することがDNAポリメラーゼのオーソドックスな精製方法となり、僕もその例にもれず、食肉処理場からもらってきた仔牛胸腺(胸腺は当時は売り物にならず、捨てられていたから譲ってもらえたのだった。今はどうかわからない)を出発材料としてこの酵素を精製し、研究に使っていた。 ちなみに、世界で最初に発見されたDNAポリメラーゼは大腸菌のもので、発見者であるアーサー・コーンバーグ(1918~2007年)はノーベル賞に輝いた。これに対して僕は、頭が輝いているだけの単なるオッサンになり果てた。
消しゴムがついていない鉛筆
DNAポリメラーゼには、ある面白い特徴がある。 真核生物のDNA複製をメインにおこなうのは、「」ではなく「DNAポリメラーゼ(デルタ)」や「DNAポリメラーゼ(エプシロン)」という酵素で、これらの酵素には修復機能が備わっている。修復機能とは、3′→5′エキソヌクレアーゼという酵素活性で、僕はよく、鉛筆のお尻についた消しゴムに喩えている(このことについては、回をあらためてご説明しよう)。 ところが、DNAポリメラーゼには、修復機能が備わっていない(図「DNAポリメラーゼとエキソヌクレアーゼ」)。 つまりこの酵素は、書いたら書きっぱなしの〈消しゴムがついていない鉛筆〉なのである。ただ、DNAポリメラーゼに最初から修復機能がなかったわけではなく、当初は備わっていたと窺(うかが)わせる分子の痕跡はある。正確にいえば「進化の過程で修復機能を失った」ということに該当するらしい。 修復機能がないことが、「なんでオモロイ特徴なんや」などと思わないでいただきたい。 修復機能が失われると、いったいどういうことになるのか。ここを掘り下げていくことが、「突然変異はどう起こるのか」という問題の根幹ともいえる問いだからである。