「平等」な社会のための遺伝学
テキサス大学心理学教授のキャスリン・ペイジ・ハーデン氏は、これまで科学者が「優生学の擁護」の誹りを免れようとタブー視してきた「遺伝と平等」の問題に真正面から切り込んだ。同氏の新著『遺伝と平等―人生の成り行きは変えられる―』(新潮社刊)は、遺伝的差異を根拠に社会的不平等を正当化する優生学とも、遺伝学的差異に目をつぶることで結果として社会的不平等の是正を妨げてしまうゲノムブラインドネスとも異なる、新しいアプローチを提唱する。以下は本書の一部抜粋と著者へのインタビューだ。
人生の成り行きを決める社会的偶然と遺伝的偶然
もちろん人生はアンフェアだ――人生の長さである寿命まで含めてそうだ。齧歯類やウサギの仲間から霊長類までさまざまな種において、社会的ヒエラルキーの序列が高い者ほど、より長く、より健康な一生を送る。アメリカでは、最富裕層の男性は、最貧困層の男性に比べて、平均で十五年ほど寿命が長く、最貧困層の男性の四十歳における平均余命は、スーダンやパキスタンの男性とほぼ同じだ。(中略)こうした所得格差は、教育格差と複雑に絡みあっている。コロナウイルスのパンデミックが起こる前でさえ、大卒でないアメリカ白人の寿命は、実際に短くなりつつあった。 人々は、教育、富、健康、幸福、そして人生そのものについても、大きくレベルの異なる経験をする。これらの不平等はフェアなのだろうか? (中略)「機会均等」のレンズを通して見れば、不平等の大きさや程度がどうであれ、それだけでアンフェアな社会ということにはならない。むしろ重要なのは、その不平等が、親の属する社会階級やその他、子ども自身にはどうしようもない誕生時の状況に結びついているかどうかだ。金持ちの両親のもとに生まれるか、貧しい両親のもとに生まれるか、教育のある両親かそうではないか、両親は婚姻関係にあるかないか、病院から家に帰ったとき、周囲の環境は清潔で整然としているか、不潔で散らかっているか――こうしたことは、人の誕生にまつわる偶然の要素だ。 しかし、成長後の成り行きの不平等に関連する誕生時の偶然が、もうひとつある――あなたが生まれた家庭や地域環境という社会的偶然ではなく、あなたが持って生まれた遺伝子の偶然だ。(中略)裕福な家庭に生まれるか、貧しい家庭に生まれるかという偶然と同じく、遺伝的バリアントの特定の組み合わせを持って生まれるかどうかもまた、誕生時に引かされるくじの結果なのだ。