実はやたらに噛むわけじゃない 捕獲で「1匹3000円」になる奄美のハブの実態を研究者が語る(レビュー)
奄美に行きたい。ベテランの観光ガイドに案内されて独特の動植物を見たい。恐竜が出てきそうな原生林のヒカゲヘゴの下で写真を撮りたい。鶏飯を食べたい。民謡酒場で黒糖焼酎を飲んで踊りたい。なによりハブを見てみたい。本書読了後、飛行機の予約状況を調べてしまった。 東京大学医科学研究所(以下医科研)奄美病害動物研究施設で40年、ハブ毒と奄美の動植物の研究を行ってきた著者は、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の世界自然遺産登録の議論にも参加した奄美の自然の専門家である。 東大農学部畜産獣医学科に8年在籍したあと、この医科研に勤め、本来なら4~5年で異動するところを、次々と調査やプロジェクトを頼まれ、気が付くと定年まで40年も住んでしまったという。
本書の前半は猛毒を持つ「ハブ」に関する情報が網羅されている。 医科研の設立は1902年。当時、致死率が2割ともいわれたハブ毒に効く血清の開発と熱帯の風土病フィラリアの研究が目的だったという。事実、1980年頃の調査で世界一咬傷患者の発生率が高いのは徳之島だと判明し、奄美群島のハブの個体数密度の高さが注目された。 被害を防ぐべく捕獲したハブを自治体が買い上げる制度があり2023年現在1匹3000円。毎年2万匹近くが持ち込まれている。 ただハブは滅多やたらに噛むわけではない。習性を知れば防ぐことは可能だし、現在は治療法も改善されハブ被害は激減している。とはいえ噛まれたら痛いし重い後遺症が出る可能性もある。毒をすぐに傷口から吸い出すのが最も効果的で、ほとんどがその処置で軽症に終わる。 後半は、ハブの恐怖を凌駕して余りある奄美の魅力が満載だ。仕事とは別に奄美の自然に魅せられた著者が見どころを語りつくす。前人未到の自然が残っている奄美群島に行くなら必携の一冊である。 [レビュアー]東えりか(書評家・HONZ副代表) 千葉県生まれ。書評家。「小説すばる」「週刊新潮」「ミステリマガジン」「読売新聞」ほか各メディアで書評を担当。また、小説以外の優れた書籍を紹介するウェブサイト「HONZ」の副代表を務めている。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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