【相撲編集部が選ぶ名古屋場所千秋楽の一番】隆の勝、奇跡の大逆転はならず。照ノ富士が決定戦で勝ち10度目の優勝
「何かをつかんだとしても、それをこの先長く続けていけるのか……」という感じも残るのが正直なところだ
照ノ富士(寄り切り)隆の勝 “もしかしたら、奇跡の大逆転優勝があるのではないか……” 【相撲編集部が選ぶ名古屋場所千秋楽の一番】白鵬、16回目の全勝で45回目の優勝 期待と言うべきなのか、珍しいもの見たさと言うべきなのか分からないが、優勝決定戦を前に、そんな思いはかなり高まった。 照ノ富士が2敗、1差の3敗で隆の勝が追う形で迎えた千秋楽。本割でまず隆の勝が難敵の大の里を撃破。しかも立ち合い右ノド輪で起こし、そのまま右差し左おっつけで持っていく、完璧な相撲だ。きのうの横綱戦に続く一気の攻めに、隆の勝の好調さがうかがえる。 迎えた結び。照ノ富士は琴櫻に対して、極めて出ようとしたところを左に回られ、最後は上手出し投げで倒された。差し手を抜いて左に回られた相手に敗れるのは大の里戦に続いて今場所2度目。ちょっと相手の動きに足がついていかなかった感じもあり、明らかに横綱本来の動きではなかった。 この2人の調子を考え合わせると……。13日目終了時点で2差がついていたところからの逆転優勝は過去に例がないらしいが、それがあるのではないか、という予感は急速に膨らんだ。 そして優勝決定戦。立ち合い、横綱も思い切ってぶつかり、やや当たり勝ったが、隆の勝も立ち合いの角度はよく、その後の右ノド輪が伸びた。そのまま右差し、左も浅く入った。もちろんモロ差しなので、低く食いつければ隆の勝にも勝機はあったが、きのう成功した「相手との距離を取る」ということは、この時点でできなくなってしまった。 横綱は左から小手に振り、直後に右を巻き替え。ここで、奇跡の大逆転優勝の可能性は費えた。あとは、左の巻き替えを許さず、体を密着させてじりじり出た照ノ富士が寄り切り。結局、優勝は落ち着くべきところに落ち着いた。やはりこれまでの経験で、「何回もそういう状況で相撲を取ってきたわけですし」という横綱に一日の長があったといえるだろう。 照ノ富士はこれで、ずっと目標にしていた二ケタ10回の優勝を達成(ちなみに照ノ富士が15人目)。また、名古屋場所での優勝は初めて(令和2年7月場所で優勝しているが、このときは新型コロナ禍で両国開催)で、「応援してくださった(名古屋の)方たちの前で、一回でもいいから、いい姿を見せたいなという思いで頑張りました」と喜んだ。 目標としていた10回目の優勝を達成し、これからはモチベーションが難しくなってくる面もあるが、「どういう相撲を見せていきたいか」という質問には、「入門してから14年間、毎日目指していた相撲が、今場所ちょっとでも完成できたかなという実感はありますので、それをもっとできるように、鍛えていきたいなと思います」と語った。 これはおそらく、2日目の明生戦、3日目の若元春戦辺りの内容を指しているのだろうと思うが、確かにそのあたりの相撲の横綱の立ち合いは、強く、かつ安定度もあって、理想的なものをつかんだ感覚があっても不思議でないもののような気がする。そして場所中盤の、翔猿、宇良といったうるさい相手への対応も、うまく運べた、という感触があった可能性はある。 ただし今場所は、それはそれとして、終盤には奇跡の大逆転劇を招きかけた「もう一人の照ノ富士」がいたことも否定できない。精神的な「つかんだ感覚」と、肉体的なピークはまた別の話で、多くのトップアスリートにとって、この2つの時期が一致しないことは往々にしてある話。今場所終盤の大崩れには、「何かをつかんだとしても、それをこの先長く続けていけるのか……」という感じも残るのが正直なところだ。 ほんの1年半ほど前には幕内下位でも負け越していた隆の勝が、今場所あわや優勝の快進撃を見せたことでもわかるとおり、今の幕内力士の力量の差は紙一重。わずかなきっかけで、誰もに優勝争いのチャンスがあり、少し故障をしたりすれば誰もがたちまち大敗する可能性がある。今までは、「大関を含めてそういう状態」という感じだったが、あるいは近い将来、横綱までがそこに飲み込まれる可能性も垣間見せた、今場所の後半戦だったように思う。 果たしてこのまま大混戦の時代が続いていくのか、それとも琴櫻あるいは大の里あたりが突き抜けた存在になっていくのか。時代の分岐点は、すぐそこにきている気がする。 文=藤本泰祐
相撲編集部