米新政権における対テロの位置付け 対テロが国家間イシューの陰に隠れる懸念
「オーバー・ザ・ホライズン戦略」を転換
だが、米国による対テロからの脱却姿勢は、10年以上前に遡る。 2003年3月に始まったイラク戦争が長期化する中、オバマ大統領は2011年12月、9年あまりに及んだイラク戦争の終結を宣言し、現地でアルカイダ勢力などへの掃討作戦に従事してきたイラク駐留米軍が完全に撤退した。 イラク戦争で、米国は50兆円を超す予算を注ぎ込み、米軍の死亡者数は4500人あまりに上る。終わりの見えない戦争に、米国民の間ではブッシュ政権への批判や不満が募っていった。 米軍撤退から2年半後、イラクやシリアでは、あのイスラム国が台頭し、最大で英国領土に匹敵する領域を実効支配するようになり、世界を再びテロの恐怖に陥れた。 しかし、米国は米軍を大量投入して、敵を退治するという従来のやり方から脱却し、現地の軍・警察などの訓練や指導、無人機を使った空爆など、「オーバー・ザ・ホライズン戦略」に切り替え、対テロ戦争に深入りすることを避けた。 また、バイデン大統領も2021年8月、20年あまりに及んだアフガニスタン戦争の終結を宣言し、米軍が同国から完全撤退した。 バイデン大統領は、戦争終結についての演説で、9.11同時多発テロを実行した、アルカイダの打倒は達成され、米国は中国など新たな脅威に対応する必要があり、アフガニスタンの国家建設は、アフガニスタン国民の権利と責任であるなどと主張した。 さらに、上述のようにサヘル地域のテロ情勢が悪化する中、米国は、4月にサヘル地域に位置するニジェールから、1100人の米軍部隊を撤収させる方針を明らかにした。 米国は、ニジェールをテロ対策の重要な拠点と位置付けてきたが、ニジェールで2023年7月に、軍によるクーデターが発生し、欧米寄りの大統領が排除され、ロシアとの関係を重視する軍事政権が誕生したことで、撤退が加速化したと考えられる。
対テロ対策が疎かになる懸念…
以上のように、米国は中国が急速に台頭する中、ゴールの見えない対テロ戦争からの脱却を図ることに尽力し、今日のような外交安全保障政策の位置付けを重視するに至った。 冒頭でも述べたように、米国権益を脅かすようなテロ事件が生じない限り、対テロ政策は今後も国家間イシューの後に位置づけられるだろう。 しかし、米国が大国間競争に集中し過ぎるあまり、対テロへのコミットメントが疎かになってしまう懸念が残る。 イスラム国が、以前のような規模になることは考えられないが、イラクやシリアにおけるイスラム国によるテロ事件は、2024年に入って前年を凌ぐペースで報告されている。 また、アフガニスタンで実権を握るタリバンは、同国が再びテロの温床になることはないと、繰り返し主張しているが、アルカイダが国内で軍事訓練キャンプの数を増やし、リクルート活動を活発化させているとの情報もあり、引き続き潜在的なリスクは残っている。 【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】
和田大樹