長嶋さんの喜びの笑顔が最高の瞬間――アナウンス歴60年の徳光和夫から見たオリンピック実況
オリンピック開会式。期待した実況は「甲子園球児の入場行進」に根付いたもの
―賛否両論があったオリンピック開会式。徳光さんの観点から見るといかがですか。 徳光さん: スポーツアナウンサーと致しましては、開会式の入場行進を中継できるっていうのは一生に1回あるかないかぐらいの大変貴重な機会です。開会式を実況できるのは絞りに絞って選ばれるわけじゃないですか。期待していたのは、スポーツ中継に卓越したアナウンサーが行進に合わせて、「オリンピック発祥の地、ギリシャのアテネからやってまいりました。まさにギリシャ選手団の大デレゲーション(選手団)であります」というような抑揚と緩急を付けた実況。しかし今回のNHKの実況は、「今度はギリシャの選手ですかね。オリンピック発祥の地ですよね」と淡々とやり取りするような感じでしたね。やはり一本調子のトーンだとドラマチックにならないように思いますので、そういう意味では「甲子園球児の入場行進」に根付いているようなトラディショナルなものでも良かったのではないかなと個人的には思います。私自身が古いのかもしれませんが、変わらないテイストをNHKにやってほしかったなあというのはあります。 ―他に気づいた点はありますか。 徳光さん: 直前までバタバタしてニュースにもなりましたが、開会式はイベント要素を作っていろいろ工夫をこらしていましたよね。長嶋さんのサプライズ登場にはいたく感動しました。ただ、あのシーンはもう少し言葉でも盛り上げてもらえたら良かったなと思います。開会式が長かったという意見も多くありますけれども、実況や解説の工夫で楽しませることはできたのではと。 これはクレームではないのですが、せっかく海老蔵さんが成田屋十八番の「暫(しばらく)」を持ってきた。日本の伝統芸能があそこに出てきて、「勧進帳」ではなく、あえて「暫(しばらく)」というのを持ってきたというのが、成田屋が考え抜いた末の選択で、素晴らしいなと私は思うんです。鎌倉権五郎(暫の主人公)の巨大な衣装の総重量は持ち物を含めると60キロ。「暫(しばらく)」は歌舞伎で出しものとして演ずるにしても、数年に1回出せるか出せないか、それをこの東京オリンピックで披露してくれたわけですから、そんな情報や演目の文化的意味をアナウンスの中に入れてもらいたかった。コラボした上原ひろみさんについてもそうですが、ジャズピアニストの第一人者がオリンピックの開会式に出てきて、あそこで演奏するなんてことはふつうは考えられないわけですよね。アナウンスメント、「言葉」でもう少しクローズアップできたのではと思います。