“若い世代ほど本屋に行かない”は間違い。出版まで行う独立系書店の事例から紐解く「新しい本屋の在り方」
本屋に作り手が集まる仕掛けを作ることで、生活から生産の街へ
中岡さんは、三輪舎の本を営業で持ち込んだことをきっかけに、1949年創業の老舗書店「石堂書店」(妙蓮寺駅近く)の経営再建にも携わることになる。これが、「本屋・生活綴方」として自身が本屋を開店するきっかけとなった。石堂書店の経営再建に携わった当時の状況について、中岡さんは次のように語る。 「石堂書店は、2009年からの10年間、売上が下がり続け、なんとか書店事業を立て直す必要がある状況でした。石堂書店は私の生活圏にあったので、たまに足を運んでいました。そして、三輪舎の本を置いてもらおうと営業に行った際、店主の石堂さんとつながって話をしているうち、本屋の経営に詳しいだろうと相談を受けたのです。そこで、『まちの本屋リノベーションプロジェクト』と題し、地元の不動産・工務店と協力して、店舗全体の再建プロジェクトを立ち上げました。やはり、生活圏にある本屋がなくなってしまうのは寂しく、何とかできないかという当事者意識が当時の私にはありました。そのなかで、財務諸表や店舗の状況を確認したところ、2階部分が有効に使われていないことに気づきました。そこで、2階をコワーキングスペースに改装し収入の確保を図りました。また、本のレパートリーに関しても、いまは特定の1冊が爆発的に売れる時代ではなく、多品種を揃え、全体で売り上げを伸ばす必要がある時代です。そのため、さまざまな世代のニーズに対応できるよう、ラインナップを多様化した結果、客足も徐々に増えていきました。そして、2024年6月期の決算では、5年にわたる試行錯誤が実を結び、大幅な黒字を達成しています」
また、石堂書店の向かいにはかつて、児童書やコミックを扱う「チャイルドイシドウ」という支店があった。そこは2000年頃に閉店して以来、本や不用品が並ぶ物置状態になっていたという。そこで、「まちの本屋リノベーションプロジェクト」の一環としてクラウドファンディングを実施し、再建を図ることに。クラウドファンディングでは221万5,500円の資金が集まり、その後の店の運営も中岡さんが引き受けることになった。これが現在の「本屋・生活綴方」であり、独自のラインナップを持つ独立系書店の1つである。 「このとき、街に溶け込むのではなく、あえて違和感を与えるような本屋を作ろうと思い、詩集を中心とした品揃えにしました。まわりと違うと思ってもらわないと、際立たせることはできませんから。また、大勢の人に本を買ってもらうことが果たして幸せかというと、そうとは考えていません。あえて領域を狭めることで、熱狂的なファンやニーズが生まれると考え、限られたスペースだからこそ、個性を尖らせようと思ったのです」 このとき中岡さんは、生活の街から生産の街に変えるため、クリエイティブな拠点を用意すれば、おもしろい人たちが集まってくるのではないかという仮説を立てていた。そのため、本屋に設置したのが、理想科学工業(RISO)の「リソグラフ印刷機」だった。 「生活の街で印刷機の音がガタガタと聞こえてきたら、風情があって素敵だと思いました。そもそも、妙蓮寺駅周辺のような街は仕事として何かをつくっているひとは少ない「消費」に特化した街。一方で、下北沢や三軒茶屋はクリエイターが多い「生産」の街。でも、生活の街にもクリエイティブな拠点があれば、おもしろい人たちが集まってくるだろうと考えました。そこで、リソグラフ印刷で本をつくる『生活綴方出版部』という出版レーベルを立ち上げました。このレーベルでは、当店に何かしらの形でかかわるひとにぼくから声をかけて書いてもらい、2~300部の本をつくっています。40~60ページ程度の小さい本なら、誰でも面白い本をかくことができる。また、消費者ではなく作り手にフォーカスすることで、クリエイティブを楽しみたい人たちが集まる場所にしたんです。また、リソグラフ印刷機は会員制にして有料で開放しているので、出版部で発行する本以外にもたくさんの本がこのお店からうまれています」 本は、最終的に読んでもらうために作られる。しかし、その過程も一つの体験として価値がある。こうした体験を気軽に楽しめる場を提供し、本屋に作り手が集まる仕掛けを施したのだ。